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それは、そう、なんだけど。
「……僧侶無しで、行けるわけねぇだろ」
自分自身の傷を抉る様な声で、アランが言った。マリアベルは頬を膨らませる。
「行けるよ」
「無理だ」
「無理じゃないよ」
「俺達に回復無しで、前線に立てって言うのか」
「にゅうぅ……」
マリアベルは唸る。唸って、少し考え込んだ。
「……グレイが、聖騎士になればいい」
「他人任せか」
「にゅぐぐ……!」
悔しそうに、でも返す言葉もなく、マリアベルは卵焼きにフォークを突き刺して頬張った。
「おやまぁ、いつも仲良しなのに。どうしたの今日は。それにローゼリットとハーヴェイは?」
グレイとアランの分の朝食を運んできたサリーに問われて、マリアベルはもぐもぐと卵焼きを咀嚼してから平然と答えた。
「ローゼリットは……ちょっと、冒険者をお休みすることになっちゃったんです。だから、僧侶がいないと困るねって。でも、あたし達の僧侶は、ローゼリットだけなんです……だから、凄く、困っちゃってて」
「あらま。それは困るわねぇ。でも、喧嘩したってどうにもならないからね。可愛い子達」
親戚の子供を叱るような調子でサリーは行って、朝食の皿を置いて去って行く。
毒気を抜かれた様な顔で、マリアベルとアランはそれぞれ朝食を掻き込み始めた。
「……あと、ハーヴェイ死んでるからな。とても今日は迷宮行けねぇぞ」
「行くもん」
「無理だ」
「無理じゃないもん」
「だから喧嘩するなって」
グレイが仲裁に入ると、マリアベルが真っ直ぐに見詰めて来る。
「じゃあ、グレイはどうしたいの?」
「え……」
グレイは。
平平凡凡たる、グレイは。
「飛び火させてんじゃねーよ。とにかく、今日は休みだ。休み」
「にゅぐー!」
頭を抱えて、足をばたつかせて、でも、仕方ないってマリアベルは諦めが付いたらしい。
「……分かった。今日は、お買い物に行くことにするよぉ」
「ん」
「でもねアラン」
マリアベルの目は恐ろしいくらい真剣だった。
「あたし達、迷宮を踏破するしか、無いでしょう?」
「……」
アランは腸詰めにフォークを突き刺した。肉汁が溢れる。
「……まぁな」
先に食べ始めた分だけ早く、マリアベルは朝食を食べ切って去って行く。その背中が、やけに小さく見えた。マリアベルの部屋は、寂しいことだろう。グレイ達の部屋には、アランもハーヴェイもいるけど、マリアベルは1人ぼっちだ。今日の夜は、こっちの部屋に来るか誘ってみても良いかもしれない。しかし、僧侶。回復――聖騎士、か。
「聖騎士って、誰でもなれるもんだっけ」
「真に受けてんのか。『癒しの手』だの『解毒』は使えるようになっても、回復の本職は僧侶だぞ。僧侶無しなんて」
「……まぁ、そうだよなぁ」
例えば、3階までと決めてしまうなら不可能ではないだろう。
探索するのは3階までで、生活費を稼ぐだけなら、僧侶無しでも今のグレイ達ならやってやれなくはない。はずだ。3階までならそうそう大怪我もしなくなったし、グレイが聖騎士になって『解毒』を覚えればかなり安全に探索を行える。
けれど、グレイ達がしなくてはいけないのは、そういう冒険ではない。
「……そうなんだけど、ほら、聖騎士になる為には、初めにギルド通う事になるだろ。マリアベルが言い出しっぺだし、本当に俺が聖騎士になるって言ったら、大人しくマリアベルもギルドに通うだろうし……1週間くらい頭冷やせば、ちょっとは落ち着くんじゃないかな」
「1週間か……1週間の為に、聖騎士に鞍替えして、良いのか?」
「んー、まぁ正直、むしろ俺が聖騎士になりたいってのが本音かな。どうせ同じ盾役なら、戦士でも聖騎士でも良いし。ローゼリットにも、前に言われたんだよな。聖騎士どうだって。それでずっと考えてたんだけど、戦士から聖騎士になるデメリット、思い付かないし」
「金が掛かる」
「あー、そっか……」
確かにそれは問題かもしれない。聖騎士になるのって、どれくらい払う事になるんだろ。初めて戦士ギルドに加入した時、加入金いくら払ったっけな。手持ちは、まぁそれなりにあるけど。でも足りるかな。
グレイが真剣に考えていると、くっ、とアランが噴き出した。
「言っただけだよ。グレイが本当に聖騎士になってくれて、1週間稼げるなら、俺も助かる。ハーヴェイもな」
「ハーヴェイ、大丈夫かな」
思わずグレイは天井を見上げた。今もハーヴェイは2段ベットの上に転がっている事だろう。
「食べ物、差し入れようか」
「甘やかさなくてもいいんだぞ」
「でも、しんどいよな……あんなに、ローゼリットの事が、好きなのに」
「……まぁな」
アランが不承不承頷く。好きだった、と言わなくて良かったな、と思った。