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事後処理を全部アランとリーゼロッテ姫に任せて、っていうか邪魔だから追い払われるような形で教会からグレイとハーヴェイは放り出された。マリアベルも逃げられた――もとい、放り出されたのは意外だった。ギルド“ゾディア”のマリゴールドとアレンの厚情だろう。2人は、ローゼリットにかけた魔法については全て自分達が説明すると言い切った。
ミーミルにおいては、王女さえ敬意を払うギルド“ゾディア”だ。そのメンバーの言う事には、騎士達や老大臣も異論を挟めなかった。しかも、マリゴールドは実行犯の片割れだ。徹夜明けで、迷宮の7階から走って下りて来たままの薄汚くてよろよろしているグレイ達より、アレン達の方が彼等にとっても都合が良かったのかもしれない。
ハーヴェイはまだ魂が抜けたような表情だ。色々あって、ありすぎて、まだ頭が追い付いていないんだろう。
アランごめん。と思いながらも、先に猫の散歩道亭に帰ることにする。「ハーヴェイ、帰ろう」とマリアベルが声を掛けてもハーヴェイはぼんやりと突っ立ったままなので、マリアベルとグレイで両脇を抱えて猫の散歩道亭まで帰る。
「マリアベル、グレイ、ハーヴェイはどうしたんだい?」
猫の散歩道亭の女主人のサリーは、ハーヴェイを見て怪訝そうだ。そりゃそうだろう。見た事も無いくらい呆けている。グレイは曖昧に笑う。
「色々ありまして……」
色々。本当に色々あった。あり過ぎた。疲れた。
ようやく疲れていた事を思い出す。
ずーん、と肩が重くなったようだった。疲れた。本当に疲れた。今までで一番疲れている。
マリアベルと2人かがりでハーヴェイを男部屋まで運んで、マリアベルと別れる。
「アランごめん」と小さく呟く。盾を置いて、荷物を降ろして、鎧を外す前にベットに横になる。一瞬で眠れた。泥のように眠った。夢も見なかった。眠っている間だけは、今日の事も、昨日の事も、明日の事も忘れられた。
もうグレイ達には大切なものなんて何も無い様な気がして、鍵を開けたままで寝た。寝て良かった。鐘が鳴ってるな、と思って起きた時には、アランが帰って来ていた。
起き上がると、身体のあちこちがミシミシいった。鎧、外せば良かった。ぼんやり目を開けてベットに座り込んでいると、「おう」とか言ってアランが2段ベットから下りて来る。
「……おはよう。昨日、何もかも任せてごめん」
「いや、実際俺も何かしたわけでもないしな。リゼと、大僧侶殿と、ギルド“ゾディア”のお2人でほとんど話をつけてくれた――よく、あの2人を捕まえられたな」
「マリアベルパワー」
「いつものな」
アランがぎこちなく笑う。
「そう、いつものすっげぇやつ」
グレイも軽口を叩きながら、絶望していた。
マリアベルは特別だ。特別な、魔法使いだ。願えばギルド“ゾディア”を2回も引き当てられる位。願えば永遠を手に入れられるくらい。その特別な少女は、迷宮を踏破すると、軽やかに笑う。
対して、グレイは何者であるのか。
少しでも気を抜いたら、みっともなく泣き喚いてしまいそうだった。
グレイは、何者になれるのか。
未だかつてないくらい、その絶望が重く圧し掛かる。
潰されきる前に、何とか口を開く。
「俺達、どうなるの?」
「……分からん」
「そっか」
「すまん」
「アランのせいじゃない。俺達全員のせいだ」
何の根拠も無く、今まで通り勝てると、思ってしまった。
誰かを助けられると、思い上がってしまった。
暴れ大牛の時の様に。ミノタウロスの時の様に。
あれほど、もうやめろとマーベリックに釘を刺されたのに!
「だよな……」
アランは溜息をついた。内臓まで出てきちゃうんじゃないかと心配になる位、長くて深い、溜息だった。
「……今、王都まで伝令が走ってる筈だ。リゼはあくまでロゼの自己責任だと主張している。マリゴールドさんは、マリアベルを害せばロゼに掛けた魔法が解けてしまう、とも言っていたな。一応、マリアベルの兄さんの……マーリンさんにも、事の次第は伝えておいた」
何から何まで、手抜かりは無い感じだ。
「本当に……俺よりずっと疲れてたはずなのに。ありがとう。マーリンさんに報告なんて、思い付かなかったけど……そうだよな。下手すりゃ、家にも何かあるかもしれないんだよな……」
「陛下は賢明な御方だ」
アランは無表情に言った。あんまり信用ならない、顔だった。
しばらくぼんやりしていたら、グレイの腹が鳴った。
「……飯、行くか」
アランが笑う。
「ごめん……」
立ち上がって、そうしてハーヴェイはまだぴくりとも動いていないことに気付く。隣の2段ベットの上の段に寝ているハーヴェイに尋ねた。
「ハーヴェイ、飯は?」
「……いら、ない」
億劫そうにそれだけ言うと、ハーヴェイは寝返りを打った。グレイ達に、背中を向ける。まだ泣いているのかもしれないな、って感じの声だった。
階下の食堂まで下りて行くと、既にマリアベルが凄まじい勢いで朝ご飯を食べていた。正直ちょっと引く位の勢いだった。元気だな、おい。
「……グレイ! アラン!」
グレイ達に気付いたマリアベルが手招きをする。
「おはよう!」
「おはよう」とか「おう」とか答えると、眩しいくらいの笑顔でマリアベルは言ってのけた。
「今日も、ご飯食べたら、迷宮、行こうねぇ」
「ちょ……」
「それは……」
言いよどむグレイ達に向かって、マリアベルはぱっちりとした緑の目を向けて来た。その眼が、苛烈な光を帯びていて、グレイ達は絶句する。
「なぁに?」
マリアベルは小首を傾げた。
グレイもアランも答えられない。返事が無いのを悟ると、マリアベルはまた朝食の制覇に戻って行った。パンを千切って、小山の様に皿の上に盛られている芋にフォークを突き刺す。
「だって、迷宮に行かないなら、どうするの?」
「どうって……」
どうすんだろ。
迷宮。行って、踏破して、女神さまに会わないと。