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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
4章 ギルド名は
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4-27

 北の氷雪姫。


 マリアベルがいつかに話してくれた、お伽噺の登場人物のような魔法使いの2つ名だった。


 ある日、街の全てを――井戸も、建物も、人も、家畜も、ペットも、何もかもを。凍らせて、凍らせて、この地上に氷精霊ヘーレの国と同じ永遠の都を作り出し――そうして、恋人と双子の為にその永遠の都を終わらせ、国外追放の憂き目にあった魔法使い。


 1年以上街は凍り付いていたけれど、魔法が解けた時には、誰も彼も何にも無かったようにまた活動を始めたと、いう。


「誰から聞いた?」


 アレンは意外そうに尋ねる。マリアベルはふるふるっと首を振った。当のマリゴールドは楽しそうだ。マリアベルは泣きそうな声で、でも泣いてない声で、答える。


「誰からも、聞いてません。ミノタウロスを皆さんがやっつけた後、穴熊亭でお会いした時に気付きました――魔法使いは、魔法使いの事が分かるんです。今はもう魔法使いじゃなくても、精霊に愛されていた人の事が、分かるんです」


 歌うように、マリゴールドが続けた。


「分かるのだわ。魔法使いでなくなっても、その人が精霊にどれだけ愛されているか。可愛い子。小さなマリアベル。よろしくってよ。あなたの願いを叶えてあげる」


「おい、マリー。事情も聞かずに」


「どうかお止めにならないで、あなた。これはきっと、わたくしが出来る氷精霊ヘーレへの罪滅ぼしなのだわ」


 マリゴールドはマリアベルの手を取った。


「行きましょうか」


「ありがとうございます」


 マリアベルはぎゅっと手を繋いで、来た道を引き返していく。アレンが溜息をついた。


「同行させて貰っても良いか?」


「もちろんです」


 グレイは答えて、ぽつり、ぽつりと事情を話しながら教会まで戻る。


 ローゼリットが7階のサイクロプスに呪われたこと。女神にしかその呪いは解けないと言われたこと。ローゼリットの命は持ってあと数日だと言われたこと。


 アレンが特に感想を漏らさずに、ただ黙って聞いてくれたから、余計な事まで言ってしまった。


 ローゼリットがウルズ王国のお姫さまだってこと。アランがその従兄妹だってこと。


 そこまで言うと、僅かにアレンは顔をしかめた。


「それは……辛いだろうが、まずいな」


「まずいと、思います。アランは、多分、ローゼリットの護衛みたいな立場だったんです。アランとローゼリットは仲が良くて、2人の間には遠慮なんて無かったように見えたけど。でも、傍から見たら、そうはいかないと思うんです。何とかしないと。何とかしないと、ローゼリットだけじゃない。アランも……」


 アランも、グレイ達は失う事になる。下手をしたら、ハーヴェイやグレイだって、どんな罪に問われるか分からない。ハリソン家の長女であるマリアベルは、例外となるだろうが。


 教会まで戻ると、既に大騒ぎになっていた。リーゼロッテ姫が乗り込んできたらしい。大公宮からわずかな距離だと言うのに、豪華な箱馬車が教会の前に停められている。まぁ、お姫様何だから当然と言えば当然か。ローゼリットの双子だと思うと、何だか変な気がしてしまった。


 教会から一般人を締め出す様な真似はしていなかったけれど、ローゼリットの眠る個室に行こうとしたら流石に止められた。


「あたし達、ローゼリットのパーティメンバーなんです」


「リーゼロッテ王女殿下がお見えになっていて、誰も通す事が出来ないの。ごめんなさいね」


「でも、急いでるんです!」


 マリアベルは必死に言葉を紡ぐけど、以前会った事のある女性の僧侶さんは困った様に眉を寄せるばかりだ。こういう柔らかい態度を取られると、逆に無理に突破しづらい。にゅうぅっ、とマリアベルが呻くと、マリゴールドが笑った。何ていうか、いつもの穏やかで優しげな笑顔じゃなくて、色々企んでいる人の顔だった。


「大僧侶に伝えなさいな。わたくしはギルド“ゾディア”の僧侶マリゴールド・ライゼル。わたくしと、ここにいるマリアベルならば、ローゼリット王女殿下を御救い出来ると」


「……っ!」


「……にゅ」


 女性の僧侶さんと、マリアベルが同時に息を呑んだ。僧侶さんは、「少々お待ちくださいませね」と言って踵を返す。別のごっつい男性僧侶が、マリアベル達の前に立ちはだかる。


 男性僧侶に聞こえない様に、マリアベルは背伸びをしてマリゴールドに耳打ちした。


「あれじゃ、あたし達なら呪いが解けるみたいよ?」


「あら、マリアベルは迷宮を踏破して、女神様にお会いするのでしょう?」


 あっさりとマリゴールドに返されて、流石にマリアベルも絶句する。そりゃ、マリアベルは、する、つもりですけど。今言いますかお姉さん。グレイとしてはそんな気分だ。アレンも顔を顰めた。


「チビを苛めるな」


 とうとうマリアベルの呼び方がチビになったことには、誰も突っ込まない。何か猫みたいだ。マリゴールドは絶句しているマリアベルの髪を撫でた。


「苛めては、いないのだわ。本当のことなの。小さな魔法使い。可愛いマリアベル。きっと、迷宮を踏破するのでしょう?」


 パタパタと、走ってはいないけれど、高らかな足音を立てて女性の僧侶さんが戻ってきた。


「……お通りください。リーゼロッテ王女殿下がお呼びです」


 言われて、マリゴールドは優雅に頷く。


 マリアベルはかなり頑張って、チェシャ猫みたいに、笑った。


「そうねぇ。あたし、迷宮を、踏破するよぉ」

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