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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
4章 ギルド名は
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4-26

 ヒステリーの気配を完全に拭い去って、マリアベルが促す。4人で、歩く。


 6階に下りて、大勢の冒険者がいる大広間も、誰とも目を合わさない様にして通り抜ける。5階に辿り着いた所で日が暮れたけど、誰も休憩しようとは言わなかった。ハーヴェイは黙ってランプに火を付ける。グレイはアランに「代わろうか?」と尋ねたけど、アランは黙って首を振った。


 昼間より危険な筈の夜の迷宮を、僧侶無しで、獣避けの鈴だけを頼りにして歩く。でも、少しも不安ではなかった。


 ガランゴロンと鈴を鳴らすマリアベルは、鈴と一緒に、金色に輝く竜の鱗を握り締めていた。ふわふわの金髪が、淡く輝いている。その光景を見ても、もう誰も驚かない。


 小さな魔法使いからは、何が飛び出して来たって一撃で斃すよ、って気概が発散されまくっていた。迷宮の生き物は、マリアベルを恐れる様に、誰ひとり、もとい、何1つ、グレイ達の前には現れない。


 5階と4階を繋ぐ階段のほど近くにある駐屯地には、今日もミーミル衛兵が6人ほど詰めていた。どうもグラッドがいたみたいで、「おーう、お前た……ち……?」と声を掛けようとして、グレイ達の異様な空気に気付いたのか、語尾が消えて行った。マリアベルが代表して、軽く会釈してから、黙々と下り階段を降りる。


 4階のカマキリは獣避けの鈴では追い払えそうになかったので、いない場所を選んで通り抜ける。3階に着いた時点で、鈴の使用期限が訪れてしまった。バカン、と割れてしまった獣避けの鈴を、マリアベルは大切そうに自分の荷物の中に仕舞った。


「鈴、壊れちゃったけど――行こう。蝶の鱗粉には、気を付けてね」


 その後、蝶とか花とか青虫とかに襲われた気がするけど、そのまま強引に駆け抜ける。結局アランはミーミルの教会に着くまで、1度も休まずにローゼリットを抱えて歩き切った。


 教会に掛け込むと、眠っているローゼリットの顔を見て、何人かが悲鳴の様な声を漏らしかけた。誰も彼も、ちょっと立派な僧服を着ている人だったから、ローゼリットが一体誰の娘か知っている人だったんだろう。彼等は大慌てで、「大僧侶を!」と喚いて、それからグレイ達を個室に案内してくれた。


 案の定、今までグレイ達が使ったことのある部屋とは、調度品の格が明らかに違う部屋に案内される。我らが父の前で、人は皆平等じゃなかったのか!


 当たり前の事にグレイが感動していると、なるほど大僧侶っぽい人が部屋に訪れた。途端に、ハーヴェイが平伏する。マリアベルも黙って両手で杖を持って、軽く左膝を折った。魔法使いが、相手に一等の敬意を払う時にする仕草だ。ハーヴェイは平伏したまま言った。


「……お願いします! 7階で、サイクロプスに呪われて! 『解毒リポイズ』でも目を覚ましてくれないんです! 助けてください! どうかお願いします! お願いします……!」


「何と……!」


 大僧侶は、苦い声で呻いた。何とか話の出来そうな、アランとグレイの方を見て、確認する。


「それはまさか、サイクロプスが命を引き換えにして掛けた呪いかね?」


「おっしゃる通りです」


 アランは固い声で答えて、それからハーヴェイと同じように平伏した。グレイも慌ててそれに倣う。


「そして、この御方は……」


 眠るローゼリットを見つめる大僧侶の声には、はっきりとした恐怖があった。アランは、寝不足と疲れだけじゃなく、顔色を土気色にしていた。


「ご推察の通り、ウルズ王国第5王女、ローゼリット姫にあられます」


「何と言う事だ……!!」


 がっくりと、大僧侶が椅子に座りこむ。「お願いします……! お願いします……!」ハーヴェイはもうそれしか言わずに泣いていた。


 大僧侶の様子を見て、マリアベルも魂が抜けたようにぺたっとその場に座り込んでいた。呆然としたまま、縋るように言う。


「大僧侶様……解けない呪いは、この世にはございませんよね……?」


「その通りだ。若き魔法使いよ」


「それじゃ、あ……!」


「だが」


 否定の言葉は余りにも重かった。物理的にぶん殴られた様な気分だった。


「だが、この呪いを解く術を知る僧侶は、この世にはいない」


 終わった。


 完全に。


 アランは、大僧侶や他の僧侶の前だと言うのに、平伏したままで「マジかよ……嘘だろ……おい……!」とか呻いて床を引っ掻いている。ハーヴェイはもう泣き喚いていた。


 マリアベルは、すくっと立ち上がった。顔を上げて、大僧侶に問う。


「――では、女神さまなら?」


「何と?」


「緑の大樹におわす、3柱の運命の女神さまならば、呪いを解く方法を知っているでしょうか?」


 マリアベルの、若き魔法使いの瞳は恐ろしく真剣だった。大僧侶もまた真剣に、けれど憐れみを込めて答える。


「むべなるかな、女神様ならば恐らくは。だが……時間が、足りぬ。姫君の御命は、もってあと数日。その間に、女神様にお眼通りの叶う冒険者が現れるとはとても思えぬ」


「時間、なんて……」


 マリアベルは背負っていた荷物を下ろして放り投げた。鞄から零れ出た黄色い花が、床を飾る。


「……時間なんて! あたしが永遠を用意してみせる!」


 何、言ってんの……? グレイが、アランが、尋ねる間もなく、マリアベルは大僧侶の横を通り過ぎて部屋から飛び出していった。


「「ま、マリアベル!?」」


 ハモった。アランだ。グレイとアランは目で相談する。だよな。


「行って来る」


「頼む」


 ごく自然にグレイが言うと、ごく自然にアランが答えた。


「リゼには、俺が話しておく」


「頼む!」


 グレイは、マリアベルを追いかけて歩き出す。教会の中で走る度胸は無かった。マリアベルもそうだったみたいで、長い廊下の先に、ふわふわの金髪が見える。


「マリアベル、待てって!」


「待たない! 急いでるの!」


 マリアベルは振り返りもせずに、競歩みたいなスピードで教会の廊下を歩いて行く。教会を出ると、途端に駆け出した。だけど、はっきり言って遅い。そりゃそうだ。徹夜明けで、7階から1度も休憩なしで迷宮を通り抜けて来て、今だ。


 マリアベルは遅いん、だけど、グレイも同じ条件だった。しかもグレイは荷物を持ったままだ。置いてくれば良かった。後悔してももう遅い。何もかもだ。本当に遅い。


 気が付くと、泣いていた。


 遅いんだ。マリアベル。頑張ったってどうなる。大僧侶が、教会で一番偉い人が言ったんだ。人間には無理だって。女神さまにしか出来ないって。


 泣きながらマリアベルを追いかけるグレイを見て、街の人が怪訝そうな顔をしている。「衛兵さん……! 女の子が……!」とか誰かが言っていた。勘弁してくれ。怪しいもんじゃないんです。グレイとマリアベルはパーティメンバーで、走り出したのはマリアベルが先です。追い掛けてるのは、義務なんです。


 走って、走って、先を行くマリアベルがずっこけた。盛大な転び方で、手をつく余裕も無い様な転び方だった。いつの間にか、街の中心部も通り抜けて、高級な宿屋とか、店舗とか、それから一部貴族の邸宅とかがあるような、そういう場所に来ていた。マリアベルの兄さんに何か泣きつきに来たんだろうか。


 グレイは涙を拭って、マリアベルを起こしてやろうと近付いて行く。グレイより早く、青年と若い娘の2人連れがマリアベルを起こした。


「マリアベル? どうした道の真ん中で」


 そう言ったのは――背が高くて、オーラのあるかっこいい冒険者だった。街中を散策中だったのか、鎧兜は身に着けていないけど、でも冒険者だ。知ってる。


 青年の隣で寄り添うように歩いていたお姉さんも、知ってる人だ。宝石みたいな青い瞳に、氷を梳いたみたいな、銀のような淡い青のような、不思議な色にきらめく長い髪の、絶世の美人。


 ギルド“ゾディア”の聖騎士アレンと、僧侶のマリゴールドの2人だった。


 マリゴールドはマリアベルのローブについた泥を優しく払った。


「可愛い子、どうしたの? お姉さんに何でも言ってみて?」


「にゅ、ぅぅぅぅぅぅ……」


 うつむいているマリアベルの顔が真っ赤になる。泣くのを、必死に堪えているみたいだった。泣いたら、何かを認めてしまうように思っているのかもしれない。確かに、グレイは認めた。認めてしまった。だけど、マリアベルはまだ諦めていない。


「マリゴールド、さん」


「はぁい?」


 マリゴールドの声は何処までも優しい。マリアベルの涙腺は決壊寸前だ。でも、マリアベルは堪えた。


「お願いが、あります」


「なぁに?」


 息を吸って、吐いた。マリアベルは決然と顔を上げる。


「あたしに、永遠を、つくらせてください。その方法を、教えてください。お願いします――北の、氷雪姫様」


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