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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
4章 ギルド名は
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4-24

 マリアベルがチェシャ猫みたいに笑って詠唱に掛かる。確かにグレイ1人で、サイクロプスと渡り合えている。万が一のことがあっても、ローゼリットは今日まだ『祝福ベネディクション』を使っていないから、大怪我をしてもフォロー出来る。行ける。行こう! マリアベルみたいなことを考えて、ハーヴェイはサイクロプスの背後を取る。


「グレイ、下がってください!」


 ローゼリットの指示が飛ぶ。グレイは綺麗にサイクロプスの矛を弾いて、跳び退った。


 グレイが引くが早いか、マリアベルが高らかに叫ぶ。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 ドッゴーン、というかズッシャーンとかガッシャーン、みたいな結構な音を立てて雷が落ちる。かつて1階でまごまごしていた時のように、魔法に巻き込まれても笑っていられたような威力ではなくなった。


 アランが駆け寄って『属性追撃』を決める。サイクロプスが『雷撃サンダーストローク』を食らって仰け反った所為で、入りが多少浅い。だけど、ハーヴェイもどさくさに紛れて『背面刺殺バックスタップ』でサイクロプスの背中に短剣を差し込む。筋肉で阻まれた。


「うっそぉ……!?」


「かったいのよ!」


 治療が終わったらしいキーリが、×印を描くように2連撃で斬りかかった。背中に線が刻まれて、でもそれもすぐに塞がる。


「あーもぅ! すぐ塞ぐし!」


 唸って、それからキーリは上体を屈める。ハーヴェイも本能的にそれに倣う。倣って良かった。


 ぐりんっ! と振り返ったサイクロプスが、遠心力を使って矛を豪快振り回して来る。突っ立っていたら、グレイでもあるまいし、ハーヴェイ受け切れるわけがなかった。


「いぃぃっ……!?」


 頭上を矛が通り過ぎて行く。


 今、一瞬で死にかけなかった? 僕。


「ハーヴェイ!?」


 良く見えなかったらしいマリアベルが悲鳴を上げた。ハーヴェイは慌てて声を張り上げる。


「大丈夫! 躱した!」


 それならいいけど、と言いたげに、マリアベルは呪文の詠唱に掛かる。


 トラヴィスも戦線に復帰した。「うぉらおらおらおら!」大声を上げながら、嵩に懸かって攻める。攻め立てまくる。がっつんがっつん長剣を振り下ろす。矛はきっちりグレイが押さえていた。


 ハーヴェイやキーリの短剣で与えるような傷はすぐに塞いでしまうけれど、長身のトラヴィスが全力で振り下ろして与える傷は、簡単には塞がらないらしい。青黒い肌から、赤い血が流れる。


 10対1で卑怯だとかそういうのは一切考えずに、ハーヴェイも短剣から短弓に持ち替える。イアンの声が聞こえるような気がした。ハーヴェイ。当たるか、外れるかじゃない。当てろ。


 目まぐるしく立ち位置を変えるサイクロプスと、トラヴィスと、グレイ。彼等のうち、サイクロプスが、サイクロプスだけが巨大に見えて来る。当てろ。こんなに大きいんだから。


 力みは要らなかった。すっ、と弦から手を放す。当たった。違う、当てた!


「うー、ハーヴェイ、『狙撃スナイプ』覚えたのね!」


 キーリが羨ましそうに言って、それから短剣で果敢に斬りかかって行く。ごめん、遠距離攻撃選んで。


 何となく言い訳がましいことを考えて、ハーヴェイは見た。サイクロプスの右肩には、ハーヴェイが射た矢が突き刺さっている。サイクロプスが刺さった矢を抜く暇も無いくらい、トラヴィスとグレイは攻め立てている。2人の後ろでは、ローゼリットが錫杖を構えてマリアベルを守っていた。マリアベルは杖を掲げる。もう1回、そう思ったんだろう。


「Werden die――」


「待ってマリアベル! 後ろ!」


 ハーヴェイは絶叫した。マリアベルは素直に詠唱を止めて振り返る。たぶん、あのおっきな緑の目を更に見開いた事だろう。


「――Silbertragödie gewickelt!」


 そのままマリアベルは後ろに向かって『氷槍アイスランツェ』を放った。


 何てこった。


 もう1体来てる。


 マリアベル達が挟まれた。最悪だ。


 幸いアランも傍にいるから、アランが2体目のサイクロプスに斬りかかる。だけど、アランは『属性攻撃』を主軸にした攻撃役だ。今では重いから盾を持つのも止めてしまった。グレイやトラヴィスのように、がっつり正面からぶつかり合うようなタイプじゃない。


「グレイ! 後ろからも来てる!」


 ハーヴェイが叫ぶと、グレイは一瞬躊躇うような素振りを見せてから、「すいません!」と1体目のサイクロプスから剥がれた。「問題ねぇ!」トラヴィスは答えるけど、本当だろうか。サイクロプスは、仲間らしき他のサイクロプスがいるところまで、移動したんじゃないだろうか。仲間の増援が来るのも織り込み済みだったら、今、押し込もうとしない?


「ぐぅ……っ!?」


 嫌な予感程よく当たる。トラヴィスが呻いて膝を突いた。噂の呪術だろう。トラヴィスに矛を振り下ろそうとしたサイクロプスに、キースが斬りかかる。矛でぶっ飛ばされて、キースが地面を転がった。


「我らが父よ、悪しきものを打ち消す力をお与えください!」


 ジェラルドが即座に『解毒リポイズ』を発動させて、トラヴィスが立ち上がる。そのままジェラルドはキースの治療に掛かる。


 マリアベル達の様子は、サイクロプスの背中とトラヴィスが邪魔で見えない。邪魔とか思ってすいません。でも、ハーヴェイはキース達よりローゼリット達の方が大切だ。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 マリアベルが景気良く『雷撃サンダーストローク』を発動させる。惜しむところ無しの全力出力、しかも竜の鱗で強化済みの『雷撃サンダーストローク』だ。一瞬辺りの明暗が逆転して見えるような、凄まじい威力。暴れ大牛さえ一撃で沈める、マリアベル自身はちょっとインチキじゃないかと気にしてる、とにかくすごい必殺技だ。必殺、で、あってほしかったんだけど……。


「にゅうぅぅぅっ! サイクロプス、魔法効きにくい!」


 マリアベルが悲痛な声を上げる。アランが叫んだ。


「諦めんな魔法使い!」


「諦めたりは、しないけど!」


 言い返して、マリアベルはまた果敢に詠唱に掛かる。今度は『火炎球フレイム・ボール』だ。全属性試してみるつもりだろう。


 魔法は効きにくい、短剣で斬りかかったような怪我はすぐ塞いでしまう、呪術まで使う。あの、ほんとに勘弁して下さい……。


 女神さまに泣き付きそうになりながらも、ハーヴェイは機械的に矢を番えて、放つ。放つ。サイクロプスはもう振り返りもしない。だけど、やるしかない。ミノタウロスの時と同じだ。倒すまで、戦うしかない。逃げるにしても、2体に挟まれていたら逃げようがない。


 トラヴィスもキースも善戦しているようだ。お互いを補いながら、着実にサイクロプスを削っている。サイクロプスがどれだけ頑丈でも、彼等には僧侶がいない。失われたものは戻らない。だから、死なずに粘れば絶対に勝てる。


 頭では分かっていても、もう吐きそうにハーヴェイは焦っている。このサイクロプスの脇を通り抜けて、ローゼリット達の所に駆け付けたい。声は聞こえているのに、サイクロプスの巨体が邪魔過ぎる。どうにか、どうにかさっさと――


 不意に、思い付く。


 サイクロプス。


 一つ目巨人。


 巨人はこっちを見ない。ハーヴェイやキーリには、致命傷を与えられないと思い込んでいる。


 僕はさぁ。


 短弓と矢を地面に置く。背負いっぱなしだった荷物も置く。鞄からはみ出している黄色い花が揺れた。「ハーヴェイ?」キーリは不思議そうだ。だけど、その声も遠くなる。


 僕はさぁ、ローゼリットの為なら、かなり何でも出来るよ。


 『忍び歩行』を使って、足音を消してサイクロプスの背後に迫る。こんなに大きいんだから簡単だ。飛びつく。サイクロプスがもがく。あっという間に振り落とされそうになるけど、死ぬ気でよじ登って首に手を回す。


「こんの……っ!」


 目だ。目を。潰せば。きっと戦えなくなる。1つしかないんだし。呪術だって使えなくなる筈だ。サイクロプスはハーヴェイの意図に気付いたのか、トラヴィス達を無視してハーヴェイの腕に掴み掛かって来る。放すか。外してハーヴェイ自身を傷付けたって構わない。下から突き上げる様にして、マーベリックから譲り受けた短剣をサイクロプスの顔面に突き刺す!


 サイクロプスに掴まれたハーヴェイの左腕がひしゃげた。外した? 謎の浮遊感。のあと、強かに全身を打った。立ち上がろうとして、失敗する。視界がぐるんぐるん揺れていて、左腕が燃える様に熱い。背負い投げされた。サイクロプスはまだ元気だ。ちくしょう。


「ハーヴェイ!」


 だけど、そう言って祝詞を唱え始めたのはジェラルドではなかった。それだけで、腕折れたけど、良いかなぁとか思える。


「……ローゼリット?」


「我らが父よ、慈悲のひとかけらをお与えください!」


 昼間でも、淡く輝く錫杖の先を向けられる。あったかい。何度も瞬きをする。あぁ、ローゼリットだ。今日も綺麗だ。生きてて良かった。


「ハーヴェイ、凄い、すごい!」


 キーリがはしゃいだ声を上げている。何ですかね。そちらを見やる。トラヴィスが、倒れたサイクロプスの頭を砕いたところだった。


「目が弱点の様です!」


 ローゼリットがグレイとアランの背中に声を掛ける。ハーヴェイは何とか起き上がった。1体、仕留めた?


「やっ」「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!」


 歓声を上げようとしたら、凄まじい声が。もう、マリアベルの『雷撃サンダーストローク』よりも、今まで迷宮で聞いたどんな生き物の声よりも凄まじい轟吼を、サイクロプスが上げた。


 憎悪か、激怒か、それとも哀惜か。


 分からない、けど、完全に腰が砕けた。真正面で聞いたグレイとアランは、凍り付いている。マリアベルも詠唱を途切れさせていた。まずい。グレイが。アランが。まずいまずいまずい!


 そう思っているのに、ハーヴェイ自身指一本動かせない。肝が潰れるってこういう事か。シェリー、キーリ、キース、トラヴィス、誰でも良い、グレイとアランを!


 一瞬が永遠のように引き伸ばされる。サイクロプスは矛を振り上げる――と、思った。だけど違った。仁王立ちになって、目を閉じた。


 何で?


 でもまぁ構わない。グレイとアランは命拾いした。サイクロプスから、多少距離があったローゼリットが真っ先に立ち上がって、マリアベルを庇うような位置に立つ。


 あと1体だ。今度は弱点まで分かっている。短弓で目を狙ったって良い。だから、いける!


「――見るなぁっ!」


 トラヴィスが後方から絶叫した。思わずハーヴェイはそっちを振り返る。マリアベルも。


 一番近くにいたグレイとアランは大丈夫だろうか。分からない。トラヴィス自身は目を閉じている。


 『雷撃サンダーストローク』ではない。『火炎球フレイム・ボール』でもない。『癒しの手(ヒール)』でも、『解毒リポイズ』でもない。


 何かが光った。


 ハーヴェイのすぐそばで誰かが倒れる。


 ローゼリットだった。


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