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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
4章 ギルド名は
131/180

4-23

 足早に、でも、マリアベルやローゼリットの息が上がらない、そのぎりぎり手前の速度で進む。


 キースの怪我の具合から、そんなに長時間放置されていたわけじゃないだろうって見当をつけて、まず、この近くから探索することにした。十字路の曲がり角をちょっと行った所にキースは倒れていたから、その先に真っ直ぐ進む。


 しばらく――体感で5分も進んで、戦闘の気配や痕跡が感じられなかったら、十字路まで戻ることにした。


 マリアベルは始めからブレないし、ローゼリットが知り合いを見捨てられるわけもない。一度決めてしまうと、グレイは勇敢だ。アランはいざという時にはローゼリットだけ引きずってでも逃げる覚悟が出来ているだろう。覚悟、だ。いざとなったらアランは、マリアベルもグレイも、兄弟のように育ったハーヴェイだって見捨ててくれるだろう。


 で、ハーヴェイはというと。


 先頭を歩きながらも、あー、見つかりませんように、と祈っている。最低だ。


 だってきっと、ハーヴェイ達が今探しているのは、グラッドの兄貴のパーティをかつて半壊させたヤツと同じ種族だろう。もしかしたら、かつてトラヴィスとシェリーのパーティを半壊させたヤツとも同じかもしれない。


 キースとキーリの双子は、ハーヴェイ達よりちょっと先輩で、つまりまだ新米と中堅の間を彷徨っている冒険者だ。その2人を含むパーティのメンバーのトラヴィスとシェリーは、かつては別のパーティにいたっぽい、感じがした。直接聞いたわけでは無いけれど。でも多分そうだ。


 だから、キースが逃げようとしても逃げなかったんじゃなかろうか。まるで、敵討ちに挑むみたいに。


 あー、ローゼリットに追従しちゃったけど、怖いし。やだし。でも、キースを見捨てるような発言をする度胸もハーヴェイには無い。最低だ。ほんと最低だ。


 ミノタウロスの時のように、ギルド“ゾディア”が助けてくれるような奇跡はもう起こらないだろう。そしたら、ハーヴェイ達と、果たして無事でいるか分からないキース達のパーティで何とかしなきゃ、いけない。そう考えると、思わず祈ってしまう。


 見つかりませんように。何にも見つかりませんように。キースが諦めて迷宮を出たら、外でキーリやトラヴィスやシェリーやジェラルドが待っている。そういうのが最高だ。最高、何だけど……。


 見つけてしまった。


 血痕だ。


 ハーヴェイの隣で、落ち着きなくあちらこちらを見回しているキースはまだ気付いていない。地面の土と紛れてしまうくらい、ささやかすぎる血痕だったし。グレイとアランも、気付いていなさげだ。


 あー、どうしようどうしようどうしたら。何が正解だろう。いつものようにマリアベルとローゼリットにお伺いを立てることは出来ない。


 ハーヴェイが悩んでいる間に、血痕を通り過ぎてしまう。キースが足を止めて、不安そうに呟いた。


「こっちじゃ、無いのかな」


「……一旦、戻って、別の道に進んでみますか?」


 ローゼリットが気遣うように尋ねる。キースは目を閉じて考え込んだ。その額には、脂汗が浮かんでいる。


 そりゃあそうだろう。キースは死ぬほど焦っている筈だ。強敵に襲われて、気が付いたら自分1人で倒れていて仲間の無事が分からない。ハーヴェイだったら、大声を上げてその辺を走り回ったりしていそうだ。


 迷宮の中ではぐれて、ローゼリットの安否が分からなかったら。ハーヴェイなら耐えられない。キースはそういう思いを今、抱いてるんだ。


 だけど、このまま進んでしまったら。きっとローゼリットは、マリアベルは、グレイは、キーリやトラヴィスやシェリーやジェラルドを助けるために戦おうとするだろう。グラッドの兄貴を助けようと、ミノタウロスに挑みかかって行った時と同じように。だけど。


 ハーヴェイの額からも脂汗が滲んでいるのが分かった。どうしたら。どうしよう。


 駄目だ。


 ハーヴェイには出来ない。


「ごめん、戻」


「……あれ!?」


 キースが言い掛けた時、ハーヴェイは地面を指差した。


「もしかして、血痕じゃないかな?」


「にゅにゅ?」


 ちょうどマリアベルの足元辺りに血痕はあった。マリアベルが2回瞬きをする。


「ほんとだ! キース、大丈夫、こっちだよ! 急ごう! 誰か怪我してる!」


「あ、ありがとうハーヴェイ! 俺、全然気付かなかった!」


 キースは大型犬みたいな曇りない目でハーヴェイを見つめて来る。その真っ直ぐすぎる視線が、ぐさぐさ心に刺さる。ごめん、キース、ほんとごめん。僕は最低です、はい……。


 そのままどんどん進む。幸い、分かれ道は無かった。蜂がまた現れたけど、全力で蹴散らす。キースは8階をメインに探索しているという自己申告の通り、グレイやアランよりも腕の良い戦士っぽかった。


 キースは焦っているのか、ハーヴェイよりも若干先行している。速い。マリアベルが軽く息が上がっている。止めた方がいいかな。でも、ローゼリットは何も言わないし。そんな風にもやもやしていると、戦闘の音が聞こえて来る。キースが駆け出した。ハーヴェイを追い抜いて行く。


 ハーヴェイは逆に足を止めた。振り返る。マリアベルが杖を掲げた。


「あたし達も、行こう!」


 ほんとに? やっぱり? 行っちゃう? 行っちゃうよね。ここまで来たんだから……。


 キーリ達を助けたいのは、嘘じゃない。


「い、行こぅ!」


 変な声出た。恥ずかしい。だけど、ローゼリットが嬉しそうに微笑んでくれたから、それだけでハーヴェイは救われる。


 先頭をハーヴェイ、グレイとアランに、マリアベルとローゼリット。いつもの隊列でキースを追いかける。キースは急ぎ過ぎだ。転びそうになっている。だけど、転ばず駆けきった。もう、トラヴィスの大声が聞こえる。


「だぁぁぁりゃああっ!!」


「トラヴィスーっ!」キースは叫んだ。「キーリーっ!! シェリーっ! ジェラルドーっ!」


「お兄ちゃん!?」


 トラヴィスはそれどころじゃないみたいだけど、キースの双子の妹のキーリが短剣を構えたまま素っ頓狂な声を上げた。


「それに、マリアベル達まで!」


「手伝います!」


 グレイが抜剣して駆けて行く。手伝う。確かに。敵だ。でっかい。いつもながら、よくあんなのに正面から突っ込んで行けるよね。同じパーティの仲間ながら、ほんとかっこいい。


「Werden die Silbertragödie gewickelt!」


 一番苦手だけど、一番周りの仲間を巻き込みにくい『氷槍アイスランツェ』をマリアベルがそいつに放つ。


 黒い。でっかい。第一印象はそんな感じだ。


 長身のトラヴィスより、更に頭1つ大きい。迷宮の生き物にしては珍しいくらい、妙に人っぽい形をしている。頭があって、腕が2本あって、足が2本ある。四足歩行の生き物じゃない。二足歩行の生き物だ。全身の肌は青黒い。


 それから、顔には裂けたように大きな口が1つあって、潰れた様な不格好な鼻が1つあって、巨大な目が顔の中心に1つしかない。それで追加のように額に角が生えている。両手に、幅広で両刃の剣というか、矛、そうだ、矛みたいな武器を持っていた。それを軽々と振り回している。


 もう長時間戦い続けているのか、だいぶ足に来ているトラヴィスと、その敵の間にグレイが割り込んだ。トラヴィスを庇うような恰好で、矛を受け止める。そのまま、押し返した。戦士の特技、『後衛守護アナザーシールド』だ。


「……すまねぇっ!」


 トラヴィスは悔しそうに唸って、下がる。ジェラルドが駆け寄った。すぐに『癒しの手(ヒール)』で治療に掛かる。


「我らが父よ、慈悲のひとかけらをお与えください!」


 キーリとシェリーも、細かい怪我が多くて結構な出血量になっている。ローゼリットが治療に掛かる。


「な、なにあれ……!」


 ハーヴェイとしては、どう攻めればって感じだ。何か、筋肉凄いし。しかも、呪術まで使うんだっけ? はーい、お手上げでーす、みたいな気分だ。言わない、けどさ。


「サイクロプス! 7階では有名よ!」


 シェリーが教えてくれるけど、はぁそうですか泣いて良いですか。泣かないけどさ、うわぁぁぁもう!


 ハーヴェイがサイクロプスの背後を取ろうと駆け出そうとすると、アランに腕を引かれた。


「勝てる算段は?」


 アランは冷静にシェリーに尋ねる。「ぬぁー! 生意気!」とかキーリが喚くけど、そうだ。そうだった。勝てる見込みがないなら、僕達は逃げさせてもらいますよ。ほんとに。


「あるわ」


 アランよりも冷静に見える感じでシェリーは答えた。


「強がりでも何でもない。考えてみて、私達は4人で戦闘を維持できた。強敵ではあるけれど、攻撃は効いている。今やあなた達を入れれば10人いる。勝てない筈が無い」


 冷静――だけどどこか熱狂的な感じでシェリーが言って弓を引いた。


 どうだろ。どうなんだろ。


 確かに満身創痍とはいえ、シェリー達は4人でサイクロプスの相手をし続けた。サイクロプスだって、今や無傷じゃない。行くか、退くか。一瞬、アランと目が合う。行けるんじゃ、無いかな。ハーヴェイは思った。


 アランは多分、一番臆病なハーヴェイの反応を見たんだろう。ハーヴェイから手を放して、マリアベルに声を掛ける。


「マリアベル、『雷撃サンダーストローク』行けるか!?」


「任して!」

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