4-21
6階から7階に繋がる階段を登る。ハーヴェイが先に7階の様子を確認してから、階段を出る。いつもの事だ。ハーヴェイが戻って来る。ちょっとだけ、首を傾げていた。
「危険……ではないと思う。だけど、南瓜が道の真ん中にいるから、一応マリアベルは詠唱しておいてくれる?」
「にゅにゅ。2階とか3階の『お化け南瓜』みたいに襲ってくるかも? そしたら『火炎球』詠唱しておくねぇ」
詠唱が終わったマリアベルは、グレイの影に隠れるみたいにして7階に向かう。なるほど。ハーヴェイの言う通り、巨大な南瓜が道の真ん中に落ちていた。2階とか3階にいた『お化け南瓜』は蔓を伸ばして襲って来たけど、7階の南瓜の蔓は短い。で、『お化け南瓜』よりも更に鮮やかな橙色をしていた。完熟っぽい。
グレイが幻覚で見た南瓜お化けと違って、この完熟南瓜には顔は無いから、気付かれたのか気付かれていないのか分からない。マリアベルを背後に庇いながら、そろっと近付いく。襲って来ない。良かった。マリアベルの『火炎球』の射程範囲ぎりぎりのところで待機する。
「Ärger von roten wird gefunden!」
マリアベルが杖を掲げて呪文を唱える。けっこうな火力になってきた炎の塊が飛んで行って、完熟南瓜に命中した。短い蔓が一気に燃え上がり、完熟南瓜本体も焼け落ちる。何ともあっけない。ハーヴェイがマリアベルの黒い三角帽子を突っついた。
「……何だろ。ただの野菜だったのかな? スープに入れられるような。ごめんね、魔法使ってもらうほどじゃなかったかも」
「どうだろうねぇ。迷宮を侮っちゃいけないよぉ」
マリアベルは歌うように言って、完熟南瓜に近付いて行く。侮るなとか自分で言っておいて、危なっかしいな。「待てって」グレイも慌てて追っかける。
完熟南瓜は良く燃えている。ホクホクした感じの、良い匂いまでした。おやつには良い時間だ。
「……美味そうだな」グレイが呟くと「美味しそうだねぇ」とかマリアベルも嬉しそうに頷く。「迷宮の食材は味が良いって翔左さん言ってたよね」ハーヴェイまでそんな事を言い出す。
「ちょっと割ってみるか」
アランが剣を抜いた。
「危なくありませんか?」ローゼリットは不安そうだけど「ただの南瓜っぽいし」とかハーヴェイが言うと「それはそうですね」と完熟南瓜に近付いた。
アランが剣を拭いてから、パカン、と綺麗に割った。更に細かくハーヴェイが短剣で切り刻む。
「熱いから気を付けてね」
完熟南瓜の欠片をハーヴェイに渡されて、「良い匂い!」とマリアベルは嬉しそうだ。アランも臭いを確認してから、欠片を口の中に放り込む。「あちっ」
マリアベルは何度も息を吹きかけて冷ましてから、そぅっと完熟南瓜を口に含む。
「甘い! 美味しい!」
その後は、階段付近に南瓜を持って行って、みんなでおやつにする。
「本当に美味いな」
グレイも怖々食べてみるけど、実際美味い。ホクホクしていて、甘くて、お菓子みたいだ。種まで上手く火が通っていて、ポリポリと食べられた。マリアベル、料理の才能あるんじゃないか。
「この季節に南瓜なんてねぇ」
ハーヴェイも短剣でざくざく切り分けながら、食べる。
「にゅ、この辺、火が通ってなかった……」
マリアベルは渋い顔をして、水筒の水で無理やり流し込む。料理の才能は、やっぱり別だったらしい。っていうか、こんなの料理でも何でも無いか。
「種いけるな、種」
アランもカリカリポリポリと南瓜の種を無心に食べている。
「食料を現地調達するように、なりましたね」
立って辺りを見回していたローゼリットが、楽しそうに言った。
「確かに」
頷いて、あぁ、あれは何時だっただろうとグレイは思い出す。
迷宮の上層階まで行ったら食料を現地調達するようになる。そんな事を、話していた。1階とか2階とかで、車座になって。あの頃は、いつかの話だった。たぶん、遠い未来の事だった。だけど、もう来てしまった。早いような、努力の当然の結果のような。
「そうねぇ。むかーしも、話したよね。持ち込めるご飯には限りがあるから、いつかは現地調達しなきゃねって。まだ、ご飯の全部を現地調達で賄ってるわけじゃないけど……でも、あたし達、遠くまで来たねぇ」
マリアベルもグレイと同じことを思い出していたらしい。懐かしそうな目で言った。迷宮を踏破する、と常日頃から言っているけれど、それはそれとして感慨深いものがあるらしい。マリアベルの右手には、しっかりと完熟南瓜の欠片が握られていたけど。美味いか。美味いよな。
完熟南瓜をほぼ4人で食べ尽くして「女神さまありがとうございました」とか謎のお礼を言ってから、7階の探索を再開する。
「いつか届くかな、もうすぐ届くかな」
歌うように言って、マリアベルは弾むように歩く。
「気が早いねぇ」
先頭のハーヴェイは多少苦笑していた。いつの間にか遠くまで来たとは言え、まだまだ7階だ。“ゾディア”が到達したのは15階。それでもまだ先は長そうだという。グレイ達なんて、まだまだだ。
まだまだでも、新階層は恐ろしい。何が出て来るか分からないし。
ほら見ろ。
いや、マリアベルを責めたいわけじゃないけど。
「……わ、わぁっ! ごめん出た!」
予め出現を察知できなかったハーヴェイが悲鳴を上げかけながら、短弓を構える。不覚を取られて悔しそうだ。マリアベルが呪文を唱える。その横では、油断なくローゼリットが錫杖を構えていることだろう。
何だろう、と悩むまでも無い。蜂だ。でっかい。緑の大樹ではいつもの事だけど。半透明な茶色の翅に、黄色と黒の縞模様の身体。全身にふわふわとした毛が生えていて何となく柔らかそうだけど、尻に生えている巨大な針がやたらと凶悪だ。針は、柄のない短剣くらいに見える。
案の定、その針を短剣みたいに操って蜂達は襲って来る。達だ。複数だ。でも、木々の間から現れたのは2匹だからグレイとアランで1匹ずつ受け持つ。
長剣で斬りかかっても、短剣のような針で弾かれるように躱される。蜂は妙にリズミカルに受け流してくれる。斬っても斬っても身体に当たらない。
「えいっ!」
ハーヴェイが矢を放つ。グレイと斬り合っていた蜂の翅を狙ったらしい。グレイも蜂も動き回っている中、絶妙な所を。見事に矢が翅にかすって、蜂の身体が傾ぐ。グレイは新しく覚えた特技『戦士の雄叫び』――を使ったりはしないで、慣れた『盾強打』で蜂に盾を叩き付ける。
巨大とは言え、飛ぶ虫だ。体重はそこまで重くない。盾に打ち据えられた蜂は、側面を無防備に晒す羽目になる。グレイはそのまま『激怒の刃』に繋げて、斜め上から長剣を振り落とすと、問題無く蜂は落ちた。
「Werden die Silbertragödie gewickelt」
マリアベルの高い声が、精霊に希う。魔法使いの強い願いに精霊が応えて、中空に突如生まれた3本の氷の槍が蜂に襲い掛かった。2本は外れたけれど、1本が蜂の身体を貫く。途端に凍り付き始める蜂の身体に、アランが『属性追撃』を決めた。2人は果敢に苦手な特技を使う。使いまくる。グレイも見習わないとなぁとは、思う。
「よしっ!」
「にゅぇーい!」
蜂が落ちてぴくりとも動かなくなると、アランとマリアベルは嬉しそうに手を打ち合わせた。ぱぁん、といい音が響く。
「7階も、いきなり死んだりはしなくて済みそうだな」
「にゅふふ、そうねぇ」
アランが言うと、マリアベルもにこにこ笑って応じた。ハーヴェイはそんな2人を見て幸せそうにしてる。何だろ。
「どした? ハーヴェイ」
「うぇっ!? 何で?」
やけにびっくり顔でハーヴェイはグレイを見た。そんなにびっくりされても。
「いや、何か妙に嬉しそうだったから」
「やー、あー、それは……」
ハーヴェイはしばらくあっちこっちに視線を彷徨わせてから、思いついたように言う。
「ほら、何か今の戦闘、すごく綺麗に終わったから。ローゼリットが前に出ないで済んで、みんなの特技を使って、良い感じに戦闘、終わったよね。初見の敵だったのに、誰も怪我しなかったし」
「あぁ、確かに。そうだよなぁ」
妙に攻撃を当て辛かったけど、ハーヴェイとマリアベルの遠距離攻撃組が上手いことやって、綺麗に戦闘が終わった。その通りだ。ローゼリットがアランやグレイの様子を確認しに来てくれるけど、強がってるわけじゃなくて本当に怪我もしてない。
「良い感じだったよな」
「だよね」
ははは、とかハーヴェイが笑い声を上げる。何か、挙動不審? だ。何だろ。ローゼリットとかマリアベルの前では言いにくいことでも思いついたんだろうか。良いけど。
マリアベルは相変わらず果敢に蜂の死体に近付いて行って「何か持って帰れるかなぁ?」とか言っている。アランは既に採る気で、蜂の針に手を伸ばしていた。
「蜂って言ったら針だろ」
「翅も綺麗だよぉ」
ほにゃほにゃ笑ってマリアベルが言うので、針と翅と両方回収してから先に進む。




