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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
4章 ギルド名は
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4-20

「11階にも、また広間があったりするのかなぁ」


 マリアベルが誰ともなしに尋ねる。


「そうかも知れませんね」


 ローゼリットは頷いて、でも、と続けた。


「11階まで辿り着いているギルドは、6階に比べれば随分少なくなりますから、これほどの規模ではないでしょうね」


「そうねぇ。流石に木こりさんも、11階まで登って来るのは大変だろうしねぇ」


「とはいえ」


 アランが何処で仕入れた情報なのか、マリアベルの方を振り返った。


「ハリソン商店では、画家を6階まで連れて行く護衛の依頼クエストを穴熊亭に貼り出したんだって?」


「みたいねぇ」


 マリアベルは溜息を吐いた。


「初めは何十人もの隊列を組んで行こうとしていたから、それは何とか止めたの。女神さまに怒られるよって。それで、3人とか4人のパーティさんに、3人とか2人ずつ画家さんとかを連れていってもらう事にしたんだって」


「まぁ確かに、迷宮の凄さとか、綺麗さって、見ないと分からないよね」


 ハーヴェイが辺りを見回した。


 グレイ達は見慣れてきた光景だとはいえ、壁のように綺麗に直線を描いて生い茂る植物や、何度階段を登っても現れる地面に、夜の迷宮の神秘的な様子は、見なければ信じられないことだろう。


「そうなんだけどねぇ」


 マリアベルは珍しく、不満気でつまらなそうな顔だ。ふるふるっと首を振る。


「別に1人――ううん、5人占めしたいわけじゃないけどね。でも、この迷宮を見世物にされるのは、少しだけ、嫌だな。うちがやっている事なら、尚更」


「マリアベルのおうちと、マリアベルは別ですよ」


 特別な感慨を込めて、ローゼリットがマリアベルに囁く。「そうねぇ」マリアベルもその意味を正しく汲み取って、微笑んだ。「はみ出し者どもめ」アランが憎まれ口を叩く。「何でそういう事を言うかなぁ」ハーヴェイは呆れ顔だ。


「にゅーふふ! はみ出して、はみ出して、出会ったの!」


 マリアベルはそれすら嬉しそうに笑って言って、ローゼリットと手を繋いだ。小さな子供みたいに。「はみ出して、はみ出しましたからね!」ローゼリットも嬉しそうだ。


「にゅふふ、ねー」


「ねー」


 顔を見合わせて言う2人は、無邪気で本当に可愛い――けど、「ほめん」


 ほめんって何だよハーヴェイ。


 とか内心では突っ込んだけど、口には出さない。すぐにグレイとアランは抜剣した。マリアベル達も、それぞれ杖とか錫杖を構える。手の甲を確認して、ローゼリットが素早く祝詞を唱える。


「我らが父よ、愛し子に憐れみと祝福をお与えください」


 そろそろ切れかけていた『加護プロビデンス』を重ね掛けして、それに備える。


 鹿――だろう。茶色い角が立派過ぎるけど。足も、少しも華奢な所が無くて豚のようにずんぐりとしている。突っ込んで来たら、速そうだ。だけど今のところ、動かない。じっと黒い目がグレイ達を見つめて来る。やけに角がきらきらしている。茶色かと思ったら、金色だったみたいだ。ふっ……と横を見る。


「うわっ!?」


 アラン、がいると思っていた。だけど何だ。いつの間に。南瓜お化けみたいなのが立っていた。青色の南瓜をくり抜いて目鼻を作ったような頭部に、身体は蔓で2本の手と1本の足が出来ている。


「さが……!?」


 ローゼリットとマリアベルに下がって、と言おうとした。だけど、2人もいない。影も形もない。ハーヴェイもだ。みんなは何処に行った?


 鹿よりも早く、南瓜お化けが襲い掛かって来る。慌てて盾で防御する。蔓の腕を打ち付けて来たのに、妙に高い音がした。剣戟みたいな。変だ。何か変だ。あの鹿は襲ってこない? マリアベル達は何処に消えた? あの場所から消えたのはグレイの方か? 分からない。だけど、とにかくこの南瓜お化けを倒さないと。


 グレイは盾で南瓜お化けの腕を押し切って、そのまま南瓜頭に剣を叩き込み――かけて。剣を持った腕を後ろから引かれる。グレイの腕に、南瓜の蔓が巻き付いていた。仲間が居たのか!


「――我らが父よ、悪しきものを打ち消す力をお与えください!」


 ローゼリットの悲鳴みたいな声が聞こえて、視界がはっきりする。グレイの腕にぶら下がっていたのは、泣きそうな顔のマリアベルだった。


「グレイ、アラン、何やってるの!?」


 グレイが頭に剣を叩き込みかけた相手は――南瓜お化けじゃなくて、アランだった。アランも夢から覚めたみたいな顔で、呆然としている。


「……グレイ?」


「ちょ、ちょ、2人ともしっかりしてよ! 鹿が来る!」


 ハーヴェイが叫んだ。


「うぇっ!?」


 グレイは何とかマリアベルを庇ったままで下がる。アランとグレイの間を、鹿が駆け抜けて行った。ローゼリットは? 無事だったらしい。まぁ、ローゼリットが怪我するって相当最悪の事態だ。


「グレイ、グレイ、もう大丈夫? アランと斬り合ったりしない?」


 ぺしぺしとマリアベルがグレイの頬っぺたを叩いて来る。南瓜お化けかと思ったら、あれ、アランだったのか。


「多分、大丈夫……止めてくれて、ありがとう」


「止めるよ! 当たり前だよ! 何回だって止めるよ!」


「ん、頼む」


 言って、駆け出す。背後からマリアベルの詠唱の声が聞こえる。ローゼリットがハーヴェイの後ろに隠れて鹿の突進を避けながら言った。


「瞳か角に、私達を混乱させる効果があるようです! あまり見つめすぎないようにしてください!」


「角だ! 光ってた! ローゼリット達も気を付けて!」


 言うが早いか、鹿の角がまた光り始める。仕方ない。盾を掲げて視界を覆う。鹿の足元しか見えなくなるけど、居場所は分かる。突進も、避けられるだろう。避けられなくても、アランや――もしくはマリアベルやローゼリットに間違えて斬りかかるよりは遥かにマシだ。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 グレイ達が距離を詰め切る前に、マリアベルが『雷撃サンダーストローク』を放った。一瞬確認すると、鹿の角から光が消えていた。いける!


 アランが『属性追撃』を決めた。グレイも『激怒の刃(レイジングエッジ)』を使って叩く。鹿はあんまり激しく暴れる様子は無い。冒険者を混乱させる角を持つだけで、戦いには向いていないのかもしれない。いや、だけどか嘘だった。


 いつの間にか、また鹿の術に嵌まっていたらしい。ローゼリット達の姿を見失う。どこだ。鹿の姿も無い。よく分からない、お化けみたいな生き物は、いる。おそらくアランかハーヴェイだろう。


「ろーじぁいる!」


 ローゼリット、と呼んだつもりだったのに呂律が回らない。これで、気付いてくれればいいんだけど。


 誰かを間違えて斬り付けるのが怖くて、立ち尽くす。ローゼリットなら大丈夫だ、分かってくれる。ローゼリットはグレイ達の頼れる僧侶だ。


「我らが父よ、悪しきものを打ち消す力をお与えください!」


 実際、グレイが信じた通りになった。ローゼリットの法術のお陰で、視界が元に戻る。グレイと同じように立ち尽くすアランと、それから――


「にゅすん。鹿、逃げちゃった」


 らしい。


 マリアベルは、ちょっと残念だけど仕方ないかって顔で、鹿が分け入っていったらしい草藪の奥を覗き込んでいる。


「びーっくりしたなぁ。いきなりアランがグレイに斬りかかるんだもん」


 ハーヴェイが何気ない口調で言った。アランは気まずそうにグレイを見る。


「う……悪かった」


「いやー、俺も思いっきり迎撃したし。マリアベルが止めてくれて助かった」


 マリアベルは藪から離れて笑い掛けて来る。普段のほにゃっとしたのとは違う、得意げで満足そうな笑みだった。


「どういたしまして! 2人とも、何が見えてたの?」


「南瓜お化けみたいなのがいた……」


「黒くて強そうなのがいたな」


「にゅにゅ、ちょっと見てみたいかも」


「ねぇ」


 マリアベルとハーヴェイが頷き合う。2人は鹿の術には嵌まらなかったらしい。アランが顔を顰めた。


「呑気な事言うなよ」


 確かにアランの言う通りだ。ローゼリットがすぐに『解毒リポイズ』を使ってくれたから事なきを得たけど、下手をすればアランがグレイのどちらかが大怪我をするところだった。


「鹿があまり凶暴で無くて良かったですね」


 一番の功労者のローゼリットは、錫杖で軽く地面を突いた。しゃん、と涼やかな音がする。


「そうねぇ」


「助かったよね」


 その音で我に返ったように、マリアベルとハーヴェイは表情を2人なりにちゃんと引き締めた。おぉ、さすがローゼリット。2人の扱いが分かってる。


 それはそれとしても、やっぱり魔法とか法術は不思議だ。


「『解毒リポイズ』であんな変な鹿の術も治せるんだな」


「毒、とは言っていますけれど、祝詞の通り『悪しきものを打ち消す』法術ですから」


 グレイが尋ねると、ローゼリットは当然のように答えて――それから、はにかんで付け足した。


「それと、元冒険者だった僧侶の教師役の方に教えていただいたのです。6階や7階では『解毒リポイズ』が役に立つと」


「あー、そういう……」


 ローゼリットくらい美人なら、いや、そういうのを抜きにしても、顔見知りの礼儀正しい冒険者には先達として言いたくなることもあるだろう。ハーヴェイもそう言えばという感じで付け足す。


「僕も盗賊ギルドで7階向かうって言ったら、『強襲アサルト』じゃなくて『狙撃スナイプ』覚えて行けって言われたな」


 ほんの少しだけ、ローゼリットは視線を落とす。


「力押しでは上手く行かなくなるのかもしれませんね」


「そうねぇ」


 でも、止まらないけど。良いよね?


 チェシャ猫みたいに笑って、マリアベルは一同を見回した。誰も声に出して応えはしなかったけど、当然のように頷く。


 今日も明日も明後日も。


 迷宮を登る。登る。


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