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ローゼリットの提案通り、次の日からはギルドに通った。通ったって言うか、ハーヴェイの所属する盗賊ギルドと、ローゼリットの所属する僧侶ギルドは泊まり込みの形で特技を教わることになるから、通ったって言ったら変かも知れない。
アランとグレイの所属する戦士ギルドと、マリアベルの所属する魔法使いギルドは泊まる場所がないから日帰りらしい。羨ましい。僕も猫の散歩道亭に帰りたい。
慣れた盗賊ギルドに顔を出すと、ハーヴェイの助言者のイアンが、ハーヴェイの顔を見るなり嫌そうに眉を寄せた。
「何だ、まーた来たのかハーヴェイ。めんどくせぇから来んなよ。お前、よく金あんな」
ハーヴェイだって、好きでおっさんに会いに来るわけじゃないし。ローゼリット達といたかった。とか口に出したりはしないけど。でもこれ位は言わせてもらう。
「めんどくせぇとか言わないで下さいよ……」
イアンはちっとも気にせず、子供みたいに騒ぐ。
「あー、めんどくせぇ。めんどくせぇ。めーんどくせぇ!」
「子供じゃないんですから。って言うか、そんなに嫌なら助言者変えていただいても」
「でーきねぇんだよ。助言者は担当する冒険者を変えられねぇって言っただろはじめによー」
「言いましたっけ?」
ハーヴェイは首を傾げてしまう。会うたびに、駄目な大人っぽい。腕は確かだけど……多分。まぁ、ハーヴェイよりずっと強いのは間違いない。
光源の少ない盗賊ギルドの室内で、イアンは左目を眼帯で覆っている。冒険者時代、迷宮の動物に潰されてしまったから、引退して盗賊ギルドの助言者になった――って噂だ。本人から聞いたわけじゃない。眼帯のせいで初めはおっかない感じだったけど、すぐ慣れて駄目っぽい大人になった。
「言った。絶対言った……あーくそ。軟弱そうな面した奴だから、すぐに折れていなくなると思ったらよー。何階まで行ったんだ」
「7階まで行って、帰ってきました」
ハーヴェイが答えると、椅子に座って頬杖をついていたイアンはずるっと手を滑らせた。
「はぁぁ!? 7階だと!? お前この前キマイラ倒しに行くとか言ってたばっかだろ!」
「あ、はい。倒しましたよキマイラ。で、6階の大広間をつるっと抜けたら、妙にすぐ7階への階段が見つかっちゃって」
更に正直に報告すると、イアンはますます眉を寄せて立ち上がった。
「……で、ギルド来たわけか。仕方ねぇ、めんどくせぇが褒めてやる。良く来た」
「わー、先生に褒められたの初めてです」
「茶化すな。7階はきついぞ。『狙撃』教えてやる。金出せ」
ほれ出せ、さぁ出せ、とイアンに手を突き付けられる。何だろ。
「え、僕、今回『強襲』を教わろうと思って来たんですけど」
『強襲』は短剣特技で、我武者羅に敵を攻め立てるような――前衛用の短剣特技だ。良い短剣も貰ったし、短剣特技を充実させようと思ったんだけど。『狙撃』って言ったら、弓特技だろう。
イアンは何かを思い出すように遠い目をした。
「お前のパーティ、戦士2人もいるんだろ?」
よく覚えているものだ。ハーヴェイは素直に感心してしまう。助言者は何人もの冒険者を生徒として抱えている筈なのに、それぞれのパーティ編成を覚えているなんて。ギルドの助言者になるだけあって、優秀な人なんだろう。
「はい。戦士2人に、僧侶に魔法使いに、僕です」
「そしたら、お前が無理に前に出ても邪魔なだけだ。諦めて『狙撃』にしとけ」
「はぁ……」
怠そうで眠そうで面倒くさがりな助言者だけど、イアンだってかつては冒険者だったらしい。無理に逆らう理由が無い。
「そうしたら、お願いします。あ、お金足りるかな」
「キマイラ狩ったんなら報酬出ただろ……あーやっぱめんどくせぇ。しっかし『強襲』よりはマシだな。うん、ナイス俺。良い助言者だ俺。よーし、表行くぞー」
首根っこ掴まれる様な形で、ギルドの裏口から外に出る。
緑の大樹ではないけど、盗賊ギルド御用達みたいになってるミーミル近くの森で、手の皮ずり剥けて血塗れになるまで短弓を引かされる。鬼だ。
盗賊ギルド専属の僧侶に手を治療してもらっている間、イアンは煙草を吸いながらニヤニヤ笑った。
「そういやお前、この間パーティメンバーと歩いてるとこ見たぞ」
「え、何時ですか?」
「この間はこの間だよ。前回ギルドに来て、わりとすぐ後」
イアンのニヤニヤ笑いが深くなる。
「僧侶と魔法使いと、どっちが目当てだ」
「いやぁ……」
目当てって。そんなつもりは全然――ではないけど、でも、諦めてるっちゃ諦めてるし。
僧侶のギルバートまでニヤニヤ笑って言って来る。
「って言うかね、ハーヴェイんとこのパーティの女の子、2人とも有名過ぎ。可愛すぎ。お前羨まし過ぎ」
「いやぁ……それほどでも、ありますけど」
確かにローゼリットは言うまでも無いし、マリアベルだって可愛い。すごく可愛い。しかも2人揃うと何かもう無敵っぽい。ハーヴェイまで釣られてにやけると、途端にイアンは顔を顰めた。
「自覚あるのかよ、死ねよ。めんどくせぇー」
「死にませんよ。縁起悪い事言わないでくださいよ」
「じゃあ大怪我しろ」
「それも嫌ですけど……」
「けどーぉ? 可愛い子に治して貰えるから良いって?」
「いや、ほんと、もう……」
勘弁して欲しい。ハーヴェイだってそりゃあ、ローゼリットの事は好きだ。好きすぎる。だけど、どうにもならない事は、あるのだ。世の中にはいっぱい。
短くなった煙草を地面で踏み消しながら、イアンは溜息交じりに言った。
「あのなぁー。パーティだぞ。パーティ組んでんだぞお前ら。冒険者の結婚相手何て7割方パーティ内で捕まえるもんなんだぞ。お前の他に戦士の男2人もいんだろ。ぼやーっとしてる間に他の男に掻っ攫われて、後で泣くのはお前だぞ……俺、良い事言った。良い助言者だよなー」
「まぁそれなりに良い事言ってるかな」
ギルバートも異論無いらしい。
「だけどこう……ごめんなさいとか言われたら、その後の冒険者活動に支障とか出たり……」
「そんときゃ仕方ねぇだろ。パーティ組み直すなり、気合で乗り越えるなりしろ」
「わー、投げやりだー……」
「大人だからな」イアンは2本目の煙草に火を点ける。完全に休憩モードだ。ハーヴェイの治療が終わったギルバートは、「大人だからね」とか言って、他の冒険者の治療に行ってしまう。
「俺は休憩だけど、お前は休憩無しな。短弓引いたまんまで話聞け」
「はーい」
良くある事だったので、ハーヴェイは短弓を引く。慣れたと思ったけど、引いたまんまって結構しんどい。ハーヴェイの気持ちを知ってか知らずか、イアンは呑気に話す。
「お前は見た目は悪くねぇ癖に臆病だな。普通なら、女ったらしになってそうな面してんのに」
「見かけによらず、純情なんですよ」
「気持ち悪ぃなー。めんどくせぇ。当たって砕けろ」
「砕ける……」
イアンは知ったこっちゃないだろうけど、尋ねる。
「僕、5歳の時からずっと好きなんですけど、砕けたら、僕、どうなりますかね」