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6階も、5階と同じく木々の緑が濃い。葉っぱも全体的に厚ぼったい感じだ。花はあんまり咲いていないけれど、色鮮やかな小鳥とか蜥蜴が濃い緑の間を彩る様に生息している。小鳥とか蜥蜴は、迷宮サイズではなくて、迷宮の外にいるのと同じ、人を襲わないサイズのやつだ。
かと思ったら、どう見ても人を襲いそうなサイズの蜥蜴が遠くで地面を歩いているのを見かけてしまって引いた。女神さま、容赦ないな……。
っていうか、蜥蜴と言うか。
「……蜥蜴って、あれだけ大きくなると竜みたいだね」
かなり距離があるから、蜥蜴に気付かれることは無いだろう。それでも声を潜めて、先頭のハーヴェイが言う。それから、この緑の大樹には本当の、本物の竜が生息していたことを思い出したらしい。「や、竜なんて見たことないけど、でも何となく」とか言い訳のように続けた。
緑色の鱗に赤い斑模様がある蜥蜴は、道の先で赤い舌を出して、黄色い目を光らせていた。ちょうど、グレイ達がいる道と垂直に交わる道をゆったりとした歩調で這っている。遠いけど、体高はグレイの半分くらい、尻尾までいれた体長はグレイの身長と同じくらいあるんじゃなかろうか。
「にゅー……?」
マリアベルが不思議そうに目を擦る。グレイは振り返って尋ねた。
「どした?」
自分が見たものを信じられない時の声音で、マリアベルは答える。
「にゅぅん。何だか、あの蜥蜴さん……口から、火、吐いてない?」
「……マジか」
マリアベルに言われて、グレイは目を凝らす。舌かと思ったら、確かに細い炎かも、しれない。ゆらゆらと陽炎が見えた。
「……ほんとだ」
「駄目だ、俺は全然見えん」
隣のアランが普段の2割増しくらい目つきを悪くして呻く。
「アラン、目悪いから仕方ないよ」
ハーヴェイが慰めるように言って、アランに説明するように続けた。
「マリアベルの言う通り、口から出てるの、舌じゃなくて炎っぽいね」
「火蜥蜴、かなぁ。ほんとに居るんだねぇ」
マリアベルは遠くの蜥蜴に向かって敬意を払うように、少し杖を掲げた。ハーヴェイは不思議そうにマリアベルを見やる。
「ほんとにって?」
「火蜥蜴は炎精霊ちゃんが飼ってるって、魔法使い達の間では言われているの。大きさは、掌サイズから、それこそ竜って呼ばれる様な大きさまで色々だけど。にゅぅん。あんまりやっつけたくないなぁ。近くで会わなくて済めば良いけど」
魔法使い的に、そういう生き物らしい。ローゼリットが、少し顔を引きつらせた。
「と、いうより、近くで会ったらこちらがやっつけられてしまいそうですけれど……」
「……確かに」
どっちかっていうと、そっちを心配するべきだろう。火なんて吐かれたら、グレイはどうすれば良いんだろうか。ちょっとなら、盾で防げたけど。キマイラも火、吐いたし。熱かったけど。すげー熱かったけど。
やっぱりこういう、現実を見据えてる感じが、ローゼリットは頼りになる。
蜥蜴が行ってしまうと、そろそろと移動を始める。道が交差するところで、蜥蜴が歩いて行った方を見ると、長い尻尾がまだ見えた。緑の大樹の本来の住人は、悠然と道を這っている。木々の濃い緑と、幹の茶と、鮮やかな蜥蜴の赤。
この緑の大樹は美しい、と恭右は言った。本当にそうだな、とグレイは思う。グレイはこの先何度、この迷宮に畏怖のような感動を抱くだろう。ずっと続けばいい。
「……綺麗だねぇ」
マリアベルも蜥蜴の背を見送って、呟いた。「うん」とグレイが頷くと、嬉しそうに微笑む。
それからまた探索を続ける。6階の地面は、下草があまり生えていない。草が生えるどころか、土がむき出しの所もある。この緑の大樹の中では珍しい。5階までの大体の道は、薄く下草が生えそろっていたのに。土がむき出しの所は湿っていて柔らかい。少し滑りそうだ。
「……んー、あれ……?」
不意に何かを感じ取ったのか、ハーヴェイが顔を上げる。視線の先には、ただの木の幹しかない。細い枝が何本もより合わさって太い木になったみたいな、幹。だけどその幹の部分が、ほんの少し歪んでいるように見えた。
「……何か、います?」
ローゼリットが呟くのとほとんど同時に、ハーヴェイが短弓を構えて射った。枝模様を背中に張り付けたまま、その生き物は逃げ出す。矢を躱すと、妙に甲高い悲鳴みたいな声を上げた。
「にゅわっ!?」
ぎゅうっと目を閉じて、マリアベルが耳に手を当てる。
「グレイ、アラン……!」
ローゼリットに言われるまでも無く、2人で剣を構えた。木の幹がゆらゆらと揺らめいている。木に擬態していた変な生き物は、1匹や2匹では無かったらしい。ハーヴェイが叫んだ。
「うわわ、いっぱいいた!」
ゆっくりと擬態を解いて、爬虫類系のぎょろりとした目を見開いたカメレオンは木の上から飛び降りるように襲い掛かって来た。子犬のような大きさの爬虫類が10匹か、それ以上降り注ぐ光景は、けっこう胃に来る。盾を掲げると、べしゃっと盾の上に1匹のカメレオンが乗った。盾を振り回して追い払う。
一気に混戦になって、後衛のマリアベルが最初に悲鳴を上げた。
2匹のカメレオンが長い舌を伸ばして、マリアベルの左腕と杖を縛り上げている。マリアベルの白い肌が、みるみる内に赤く腫れあがっていった。カメレオンの舌は毒か、酸を帯びているらしい。
「この……っ、やぁっ!!」
錫杖に別のカメレオンの舌が絡まったままで、ローゼリットが豪快に錫杖を振り下ろした。マリアベルの腕に舌を伸ばしていたカメレオンの頭が潰される。「にゅわっ!?」舌に引っ張られてマリアベルがすてんっと転んだ。
「お前な! 落ち着け!」
アランが呆れたように言って、ローゼリットに頭を潰されても蠢いていたカメレオンの身体に剣を振り下ろして止めを刺す。ローゼリットは答えず、錫杖にしがみついていたカメレオンを蹴飛ばして振り払ってから祝詞を唱えた。
「我らが父よ、慈悲のひとかけらをお与えください!」
癒しの光は、もちろんマリアベルに向けられる。その間も、グレイとハーヴェイは大わらわでカメレオンを追い払う。幸いカメレオンはそんなに丈夫でも勇猛でもないらしく、攻撃が当たれば逃げて行ってくれる。1階の噛み付きネズミみたいなもんか。
とはいえ、噛み付いて来るだけのネズミより、毒だか酸のあるカメレオンの方がずっと厄介だ。グレイの持っている金属の盾が融ける様子は無いから、毒か。顔をかする度に、いや、近くに舌を伸ばされるだけでだんだん気分が悪くなってくる。長引くときついかも知れない。