4-07
現金なもので、お昼ご飯を食べたらすっかり元気になったマリアベルが恭右と翔左にぺこっと頭を下げた。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「善い哉、善い哉。元気に為った様で何より。では、気を付けて進むと良い……嗚呼、そうだ。若しも姉上――もとい、“桜花隊”のギルドマスターに会ったら、偶には愚弟に顔を見せに、6階まで降りて来て欲しいと伝えておくれ」
「分かりました……ところで、ギルドマスターさんは何階にいらっしゃるんですか?」
「そりゃ、15階だろうさ」
翔左に至極あっさりと言われて、マリアベルは口を半分開いたまま硬直した。しばらく固まってから、こくっ、と頷く。
「……が、頑張ります……」
「無理ならしばらく無理って言っとけ」
アランに背中を突っつかれて、にゅいー、とか唸った。
「そんなことないよ。凄く、すごーく頑張って、桜花さんに伝えます! たまには6階まで降りて来てねって!」
「あっはっは。威勢が良くて何より。では行っておいで。6階も、広いのだよ」
ひらり、と手を振られて、グレイ達も頭を下げたりお礼を言ったりしてから歩き出す。
何となく、6階は暑い。人の多さかもしれないし、階を登るごとに気温が上がっている気がするから、緑の大樹はそういうものなのかもしれない。
先頭を歩くハーヴェイは、メンバーをちょっと振り返って笑った。
「15階にいる、ギルドマスターさんかぁ。姉上って事は、女性のギルドマスターさんだよね。格好良いなぁ」
「“カサブランカ”だって、そうだよ。ジョーゼットさんが女性のギルドマスターさんだよ」
マリアベルがきょとんとして答えた。あ、そっか、とハーヴェイが呟く。誰ともなしにアランが尋ねた。
「つーか、ギルドマスターってどう決めるんだろうな。うちだと誰になる?」
「マリアベルじゃないの?」
「ローゼリットでしょう?」
ハーヴェイとマリアベルが同時に答えて顔を見合わせた。
「えぇー?」
「にゅー?」
「謎言語で話し合うな、お前ら」
アランは嫌そうに言って、ローゼリットは楽しそうにくすくす笑った。
「私も、マリアベルが良いと思います」
「にゅにゅ。そうかなぁ。でも、パーティのリーダーはローゼリットだよね?」
「だよなぁ」
何となくもやもやした気分でグレイは頷く。何だ。ギルドマスターって何なんだろう……。
うーん、とか言ってから、ハーヴェイがふと思いついたように顔を輝かせた。
「もうアレで良いんじゃないかな。ダブルマスターみたいな。2人いますけど、みたいな」
「にゅ、ハーヴェイ賢い! そうだよねぇ、他の人をギルドに入れたりしないんだから、対外的に気を使う必要も無いしね。ギルドマスターさんが2人いるギルドは、実際にあった気がするなぁ。確か、ギルド“ディオスクーロイ”とか」
「あ、手続き的にほんとに大丈夫なんだ」
「大丈夫だよぉ」
ほにゃりと笑って、マリアベル。
迷宮の中なのに、街中を歩いているような気軽さだ。良いんだっけ。良いんですよ。辺りには冒険者だらけで、迷宮の生き物は見当たらない。っていうか、冒険者だらけどころか、武器を持ってもいない商売人とかまで居るわけだし。この6階の大広間に出てこようとする迷宮の生き物なんていないだろう。
冒険者を皆殺しに出来るくらい、ものっ凄い恐ろしい生き物なら、乗り込んで来るかもしれないけど。
「……あ、レリックさん達だ」
マリアベルが遠くを見て呟く。ギルド“シェヘラザード”の一団だろう。マントの留め具までは見えないけど、揃いのマントに、どことなく穏やかな雰囲気の冒険者達は目立つ。広間の端っこで迷宮の木々に斧を入れる人達の周りを、“シェヘラザード”の冒険者が陣取っている。どうやら木こりの人達の護衛をしているみたいだった。木々の奥から、6階の生き物が現れたらすぐに迎撃するつもりだろう。
「まだ、広間を広げるつもりなのですね」
ローゼリットが、ほんの少し不安そうな顔をした。
「人が迷宮の形を変えて、女神様が腹を立てなければ良いのですけれど」
「そう、だねぇ」
マリアベルも神妙な顔をして頷いた。ハーヴェイが2人を元気づけるように明るい声で言う
「まぁ、4階で僕達もやったけど、何ともなかったんだから大丈夫だよ……たぶん」
最後には自分でも自信が無くなっている辺りがハーヴェイだ。でもまぁ、ハーヴェイらしさは2人から微笑みを引き出した。
「最後までびしっと言おうよ、ハーヴェイ」
「ねぇ」
にゅいにゅいくすくすと笑って、2人は魔法使いの杖とか錫杖とかを握り直す。落ち込みかけたハーヴェイを見て、仕方ないなぁ、って顔をしてマリアベルは言った。
「びしっとしてればかっこいいのにね、ハーヴェイ」
「ねぇ」
特に深い意味は無さそうに、ローゼリットが同意する。ハーヴェイはすぐに元気になったみたいだった。楽で良いな……って言うか、マリアベルがハーヴェイの扱い上手くなって来てる。
何となくグレイがアランを見ると、目の合ったアランが黙って首を振った。もう好きにしてくれって感じらしい。お疲れ。
そんな扱いをしなくてもなぁ、とか思わなくも無い。でも、グレイの姉貴とか妹とかに、もう君が好きで仕方ないんです、みたいな顔した男が寄って来たら。
何となく微妙な気分になった。嫌だとかではないけど、何だかなぁな気分だ。アランは基本こんな気分なんだろうか。そしたらまぁ、ハーヴェイがあの扱いでも仕方ないか。
広いひろーい広間を縦断する。大体、広間を挟んで5階から続く階段の正面に、6階の探索へ続く道がある。道の広さは、何ていうか、いつも通りの迷宮の広さだ。大体3人が横に並んで歩ける幅。落ち着く。
落ち着くけど、ここからはまた探索だ。全員の顔が、引き締まる。マリアベルだって、あんまりほにゃほにゃしなくなって、杖を掲げた。
「さて、行こうか」
「……だな」「だねぇ」「こっからはな」とか前列の3人が口々に言って、後ろではローゼリットが地図を取り出したらしい。「気を付けましょう」
道の両脇には、濃い緑色の葉を茂らせた木々が立ち並ぶ。女神さまが定めた道を外れることは許さないと言わんばかりに、自然では有り得ない位の密度で木々が生い茂っていた。
カーン、カーン、と広間で木こりが木に斧を入れる音が、不吉に響く。
木を切り倒してどうするんだろうな。まさか木材を1階まで運んで帰るんだろうか。もしくは、近くに窯らしきものが建てられているから、木炭にするのかも。何となく、迷宮の植物で出来た木炭なら品質が良さそうだ。あるいは純粋に、多くのギルドが集う為には広間を更に広げる必要があるのかもしれない。
何にせよ、女神さまが怒らないといいんだけど。ローゼリットと同じことを思いながら、グレイは歩き出した。