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頷いて、2人で並んで歩く。この魔法使いは本当に凄い。アランの話は、結局のところ、リーゼロッテ姫の事を少しだけ許してあげて欲しいって話だった。だから、マリアベルは聞かなかった。知っていて、理解していて、それでも決して味方は出来ないから。マリアベルは、ローゼリットが大好きだから。
「ローゼリットはさ」
ふと思いついて、グレイは言う。マリアベルはこちらを見上げて来る。
「にゅ?」
「冒険者になって良かったって。みんなにそう思われる様な、パーティになろう。俺達」
「……そだねぇ」
弾むような足取りで、マリアベルは猫の散歩道亭の床を鳴らす。たったらたっと。何となく真似するようにグレイも歩いてみるけど、たたっ、と鳴るだけで上手く行かない。「にゅふふ」グレイが真似しようとして、上手く行かなかったことに気付いたマリアベルが魔法使いっぽく笑う。
「この歩き方には秘密があるのです」
「まじか」
「にゅっ、ふふー!」
また、たったらたっと、踊る様に弾む。足音に気付いたのか、ローゼリットが階段を降りて来る。
「マリアベル、グレイ?」
「にゅふふ。ローゼリット、下でご飯食べよう! アランとハーヴェイはお買い物に行くって」
「ハーヴェイは矢が消耗品ですから、大変ですよね」
マリアベルに言われて、すぐハーヴェイが出かけた理由が思い当たったローゼリットは少しだけ困ったように首を傾げた。
「宿代のように、ハーヴェイの矢の代金も引いて、お金を5等分にした方が良いでしょうか?」
「にゅーん。確かにそうかもねぇ。でもそうするとハーヴェイ、気にしてあんまり矢を使わなくなっちゃうかもねぇ」
「それはそれで、困りますよね」
「そだねぇ。明日みんなで相談してみようか」
「そうですね」
ローゼリットはこくん、と頷いた。ハーヴェイのやつ良かったな。こんなに思ってもらって。違うか。
ともかく3人で食堂まで降りて行く。まだ早い時間だから、あんまり混んでいない。
「おや、3人かい」
2人足りないことに気付いた女将のサリーが楽しそうに声を掛けて来る。
「グレイ、両手に花じゃないの」
「……と、見えなくもないですよね」
「見えなくもないってね。実際、そうじゃないの」
サリーの言う通り、確かにそうなんだけど、何となく、そんな気が全然しないのは何故だろう……?
「何かもう、2人とも身内? みたいな感じで」
「勿体無いわねぇ」
心から憐れむように言われて、うーん、どうだろ。みたいな気分になる。グレイが首を傾げている間に、忙しくサリーは他の客の注文を取りに行ってしまう。
何となく2人を見る。グレイ達のパーティの魔法使いと僧侶は、やけに嬉しそうだった。
「「2人とも身内」」
「にゅふふ」
「うふふ」
「にゅふふふふ」
「うふふふふふ」
とか何とか笑い合ってるから、まぁ良いかって思う。
「……楽しい?」
ローゼリットに尋ねると、「嬉しいです!」と満面の笑みと共に返って来た。それなら、本当に、何よりだ。
その後の食事の間も、終始2人ともご機嫌で、にこにこほにゃほにゃ笑ってる2人はやっぱり可愛いなーと他人事のように思う。だけど、可愛くて、可愛過ぎて、何かこう、付き合いたいとか、いわゆる好きだー! みたいに思えない。グレイが根性無しなんだろうか。もっとこう、がっと行ったら上手く行ったりするのか。どうなんだろ……。
けっこう量の多い猫の散歩道亭のメニューを、でも大量に注文して、そして残さず食べ切って部屋に戻る。戦功者は主にマリアベルとグレイで、ローゼリットは足りた? って聞きたくなるくらい、いつも通りの少食っぷりだった。
「あぁ、美味しかったですね」
歩きながら、ローゼリットが幸せそうに笑って言う。足りたんだ。そして、そう言えば王女様だけど、宿屋の食事美味しいんだ。まぁ、僧侶は清貧とかを重んじる? みたいな、贅沢はしない感じだからだろうか。
猫の散歩道亭の名に相応しく、階段の手すりの上で顔を洗っている猫の置物を撫でてグレイは応える。
「良い宿だよなー」
「本当です。マリアベル達とも会えましたし……あら、それは穴熊亭でしたっけ」
「一番最初は、冒険者登録所だったかな」
だったかな、とか何気ない風に言いつつも、グレイは初めてローゼリットと出会った時のことは一生忘れないと思う。絵画の中の娘のように美しいローゼリット。身内のように感じるようになったって、あの時の感動というか、なんだろ。運命を見た様な、強烈なあの感じは、一生忘れない。
「あぁ、そうでしたね。私達が冒険者の登録が終わって、建物を出たら、グレイ達が居たのでした」
ローゼリットも、その時のことを思い出すように、ほんの少し目を細めた。
「アランとグレイがお見合いみたいに立っていて、その横でマリアベルの髪が夕日に照らされてふわふわきらきらしていて」
「そしてあたしのあだ名は『ふわふわちゃん』に」
「うふふ」
ちょっと恥ずかしそうにローゼリットは笑う。マリアベルはローゼリットの顔を覗き込んだ。
「命名は誰だったの?」
「……ハーヴェイですよ」
「ほんと?」
「……うそ。私です」
ごめんなさい、とはにかんだように言うローゼリットは、やっぱり壮絶に可愛くて綺麗で、もうたとえ法が許さなくても世界が許すような、そんな道理を下がらせるような力があった。
「にゅふふふ、仕方ないなぁ。別にそのあだ名が気に入ってないわけじゃないから、良いんだよ」
「可愛い、私の、ふわふわちゃん!」
楽しそうに、節をつけて歌うように言ってローゼリットはマリアベルと手を繋いだ。凄く楽しそうな2人を見ていると、不安にもなる。数時間前の誓いがグラグラする。
冒険者なんて、やめてしまった方が良いんじゃないか。
王女様と、大金持ちの家の娘に戻った方が。
何かを感じ取ったように、マリアベルが振り返ってグレイを見つめて来る。
「――それじゃあ、また明日、迷宮に行こうねぇ」
「……うん」
何かと言うより、2階に着いただけだった。マリアベル達は3階の部屋に向かい、グレイは2階の男部屋に向かう。ほんの少し振り返って、2人の後ろ姿に小さく声を掛ける。
「――俺達は、冒険者になって、良かったよな?」
グレイの声は小さすぎて、2人には聞こえなかったらしい。でも、マリアベルの背中で揺れる長い金髪が、当たり前だよぅ、と笑っているような気がした。