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当然のように、大公宮はミーミルの街の南部の中心にあるが、西部にも冒険者が諸手続きを行うための別棟があるそうだ。有り体に言えば、冒険者をミーミル南部に出来るだけ入れないための政策だろう。冒険者にとっても、移動が少なくて済むのはありがたい限りである。
迷宮から出てみると、意外にも、もうすぐ夕方になるような時間だった。大公宮の別棟は18時までしか申請を受け付けていないとミーミル衛兵から聞いたため、宿に戻らずそのまま大公宮に向かうことにする。
大公宮(別棟)は、街の中心広場、冒険者登録所と同じ並びに建てられていた。西部が冒険者の為に作られた街であることを思えば、全く、その通りですよねとしか言いようがない。
ラタトクス大公の紋章が掲げられる大公宮は、他の建物と同様に白い石で造られているけれど、どことなく瀟洒な建物だった。
「看板は出てないけど、きっとここだね」
建物の前に立つミーミル衛兵を見て、ハーヴェイは言った。
「看板より分かりやすいねぇ」
マリアベルはほにゃりと笑って、とことことミーミル衛兵に向かって歩いていく。
「こんにちは! 緑の大樹で証明書貰ったんで、登録に来たんですけど、入っていいですか?」
いつの間にかアランから奪ったらしい証明書を広げて、マリアベルが尋ねると、衛兵は建物を指差して言った。
「登録は、大公様の代理の大臣が奥で行っている。失礼の無いように」
「はーい」
失礼ありまくりそうな返事をして、マリアベルはグレイ達を手招きしてから建物の中に進んでいく。グレイ達は慌てて衛兵に一礼してから、マリアベルに続く。
「……手際が良いなー」
アランが心底感心したように言った。
「頼もしいです」
ローゼリットも頷き、5人でぞろぞろと大公宮の中を進む。
冒険者が諸申請を行うための別棟とはいえ、大公宮の名を冠するだけあり、内装はそれなりに豪勢だ。柱の装飾や、夜になったらロウソクに火を灯されるのであろう燭台には、所々で金が使われている。壁にも、緻密に織られたタペストリーが飾られていた。床には塵ひとつ無い――とまでは言えないが、かなりこまめに清掃されているようだった。所々に、ミーミル衛兵が立っている。
入り口のホールには、簡単な建物内の案内板が置かれていた。『左←指令受領所・其ノ他申請所、右→各種書庫・報告所』。ざっくりした説明だ。右には、冒険者が数人いるのが見えた。マリアベルは迷わず左に進む。
「書庫って何だろうな?」
「冒険者が報告した、緑の大樹内部の地図や、動植物などの報告結果が閲覧できるらしいですよ……有料で」
グレイが誰に尋ねるでもなく言うと、ローゼリットが答えた。マリアベルが、にゅーん、と唸ってから言う。
「何があるか、先に見ちゃったら、面白くないよねぇ」
「確かに」
アランが頷く。
「冒険者的にねぇ」
ハーヴェイも続けて。
「面白くないよな」
グレイが締めくくった。ローゼリットが、仲良しですね、と言ってくすりと笑う。
突き当たりに一際豪勢な扉と、左右にミーミル衛兵が立っているのを見て、マリアベルが足を止める。こんにちは、とか言いかけただけで、左のミーミル衛兵は1つ頷くと、黙って扉を開けた。
「にゅふーん。自動ドア。王様気分」
「違うだろ」
マリアベルが笑って言い、グレイが思わず突っ込む。
室内は、冒険者登録所と同じく、いかにも事務室といった風だった。こちらの方がはるかに豪奢だが、一揃いの机と、書棚と、書棚に収まりきらない書類の量は良い勝負だ。衛兵は多い割に、事務側は人手不足なのかしら、とローゼリットは思ったが、もちろん口に出しては言わなかった。
「冒険者諸君」
書類が積まれた机の奥から、老人が深みのある声で言った。
いかにも知恵者の大臣と言った感じで、頭は禿げ上がっているが、その代わりのようにふんだんに白い髭を伸ばしていた。貴族のみが正装として身に着けることを許されている、紫色のローブ。ミーミルの街の専任の大臣なのか、ミーミルの街の紋章が、ローブの左胸の辺りに金糸で刺繍を施されている。紋章の周りには、勲章が3つ輝いていた。
「はいっ!」
マリアベルが右手を上げて元気に返事をした。
マリアベル以外の4人は、心の中で、やりおった! とか思っただろう。グレイは間違いなく思った。もしかしたら、扉の傍のミーミル衛兵も思ったかもしれない。
「……ようこそミーミルへ」
老大臣は、多少驚いたようだったが、そう続けた。
「ありがとうございます! 緑の大樹行って来ました! 新米だけだったんで、大公宮でも申請しろって言われました! だから来ました!」
「よし、マリアベル、マリアベル、ちょっと落ち着け」
色々耐えられなくなったのか、アランがマリアベルの手を引いて言った。
マリアベルは間違ってはいないが、多分こう、世の中には手順とかその場の雰囲気とかなんかそういうものがある。
「にゅーん?」
マリアベルは首を傾げてアランを見上げた。その隙に、ローゼリットはマリアベルから証明書を受け取って広げながら、老大臣に向き直る。
「――失礼いたしました。彼女が申し上げました通り、ラタトクス細則38則における“ミーミル衛兵による承認”をいただきましたので、ご報告に参りました」
流れるように見事な連携プレーだった。
「御苦労であったな、冒険者殿」
いきなり漫才を繰り広げられて、さぞや気分を害しただろうと思ったが、老大臣は意外にも愉快そうに微笑みながら頷いた。今日まで大勢の冒険者を見てきたであろう老人だ。ならず者も多かっただろう。マリアベルなど、可愛いものなのだろうか。
老大臣はローゼリットから証明書を受け取ると、書かれている5種類の数字を他の書類と突き合わせて言った。
「アラン・クロフォード、ローゼリット・ウェルズリー、ハーヴェイ・チューリング、マリアベル・ハリソン、グレイ・クロムウェル、以上5名で違いないな」
「相違ございません」
ローゼリットが頷く。何というか、立ち振る舞いが堂に入っている。僧侶だから、とか、美人だから、というより、ローゼリット自身がかなり良い家柄の出なのではないかとグレイは思う。「ほぅ……」とちょっと夢見心地な感じでハーヴェイがため息をついた。「キモい」と即座にアランが小声で突っ込む。
老大臣は、証明書に5人分の名前を書き込むと、最後に署名をした。
「では改めて、こちらの証明書を持って行くが良い。ミーミルの街の商店で提示すれば、緑の大樹より持ち出した物品の売買が可能になる」
「謹んで、拝受いたします」
ローゼリットが丁寧に書類を受け取った。
「また、今より冒険者殿は大公宮への緑の大樹内部の報告義務を負うことになった――諸君等が未知なる階層の情報を持帰ることを楽しみにしておるぞ」
最後は好々爺のような表情で老大臣は言い、全員が頷いた。マリアベルは弾みそうな勢いだ。
その後はつつがなく退出を促される。ミーミル衛兵が扉を閉じるのを見ると、マリアベル以外の4人は大きく息を吐いた。
「なになに、どしたの?」
マリアベルは尋ねるが、実にどうでも良さそうだ。誰も答えないのを見ると、やっぱりどうでも良かったのか、歩き出しながら、歌うように続ける。
「報告、報告? するのかな? ネズミとか、モグラとか、蝶とか、いましいたよって?」
「もう誰かが報告してるだろうけどねー?」
一番復帰の早かったハーヴェイが応じる。せっかくですから、と、ローゼリットが続けた。
「書庫の方にも行ってみませんか?」