4-01
多くの冒険者を抱えるミーミルの街。
ミーミルの街は大きく南部と西部に分かれている。南部は、古くからミーミルの地に住む人々の生活地域。西部はここ十数年間で多く訪れるようになった冒険者たちを受け入れるための地域だ。西部にある宿屋街。の中でもけっこう安宿の部類に入る『猫の散歩道亭』。清潔感はあるし、朝食は量があるけど、それ以外に特別なものは何にもない。そんな感じの宿屋。
そこで借りているグレイ達の部屋に、集まっているのはグレイを含めて5人。
グレイと一緒に、故郷から冒険者になるためにミーミルの街へやって来た魔法使いのマリアベル。それから、ミーミルの街で出会った新米冒険者の戦士アランに、盗賊のハーヴェイに、僧侶のローゼリット。
ひょんなところで死に掛けたり、何か凄い大物倒しかけてみたり、逆に超有名な冒険者に助けられたり、その人達にマリアベルが気に入られたり――まぁ色々あった。だけど5人で乗り越えてきた。そんな感じだ。
そして今日、もう1つ乗り越えた――かもしれない。これから乗り越えるのかもしれない。とにかくそんな大問題が発生した。
ローゼリット、グレイ達が住んでるウルズ王国の、お姫さまだってよ。
「あー、えーとだな」
微妙に頭の痛そうな顔をして、ローゼリットの従兄妹であるアランは言った。たぶん、アランとしては、誠意的なやつでローゼリットの事情を説明しようと一同を男部屋に集めたんだろう。
何せ突然だった。
ミーミルにある迷宮――緑の大樹。その迷宮で竜を斃し、新階層に到達した、もはや生きる伝説になりつつあるギルド“ゾディア”。
彼らの功績を讃え、報酬を授ける為にミーミルの街へ訪れたウルズの第4王女、リーゼロッテ姫と、ついうっかりすれ違ってしまったためにローゼリットもお姫様だと判明した。
ローゼリットの従兄妹のアランや、一緒にミーミルまでやって来たハーヴェイは当然知っていたのだろうけど、ミーミルで新米冒険者として出会ったグレイやマリアベルからしたら、完全に寝耳に水の話だ。びっくりした。グレイは今もびっくりしてるのが尾を引いていて、心拍音おかしい。おかしいのは、マリアベルの所為でもある。
王女様だって分かったのに、グレイ達の魔法使いは幸せな猫みたいに笑って、こてんとローゼリットの膝に頭を乗っけて横になっている。いつも通りといえばいつも通りの光景だけど、今やるか、マリアベル。
アランもマリアベルを見て、こいつどうしたもんかな、みたいな顔だ。どうもこうもないけど。いつも通りのマリアベルだけど。
ころっ、とローゼリットの膝の上で頭を転がして、マリアベルはアランの方を見上げた。
「どしたのアラン? 皆を集めて、話しかけてやめるなんて」
「どうもこうも」
「にゅ?」
「……何でもない」
「にゅっ、ふーん」
謎の会話を交わして、満足そうにマリアベルは笑った。
でも別に、マリアベルは頭が悪いわけじゃない。むしろ、このパーティの中だったらぶっちぎりで賢い方だろう。幸せな猫みたいな顔のまんまで、続ける。
「そうだねぇ。ローゼリットのお父様とお母様の話は、びっくりしたけどねぇ。でも、別にグレイが言った通り、ローゼリットはローゼリットだとしか思ってないし、これからも思わないよ。それはダメじゃないでしょう?」
「ダメじゃないです」
アランが何か言う前に、ローゼリットが嬉しそうに言って、マリアベルの頭を膝に乗せたままぎゅうっと抱き締めた。「にゅふふふ。でしょーぅ?」マリアベルは幸せそうだ。グレイの隣に座っているハーヴェイは、死にそうに羨ましそうだ。まぁ、大体そういう人間関係である。
ついでに、ハーヴェイの煮え切らない態度も腑に落ちた。ハーヴェイが何者か知らないけど、相手が王女様じゃなぁ。どうもこうも出来ないだろう。
「まぁ結論とすりゃあそうかも知れんが」
置いてきぼり感がすごいアランは、でも、安心したように薄く笑っていた。もしかしたら、こう、黙っていることに罪悪感を覚えていたのかもしれない。いいのに。
グレイ達だって、初対面で『王女だけど冒険者になりに来ました』って言われたら、正直困っただろう。事情があってローゼリットが冒険者をやりたいなら、そりゃ黙っていてくれて良かった。ローゼリットは立派な僧侶で冒険者で、グレイ達の仲間になった。だから、今、王女様ですとか言われても、びっくりするけどそんなに困らない。初対面じゃ、こうはいかない。だから、アランもローゼリットもハーヴェイも、黙っていてくれて良かったのだ。
だけど、グレイはマリアベルと違うから、こういうことを上手く言えない。リーゼロッテ姫の前でも、上手く言えなかった。凹む。
凹んでても仕方ないから、何とか説明する。
「俺達は今日まで5人で迷宮に挑戦して、ローゼリットは俺達の仲間だって知ってるよ。今日までがあったから、びっくりしたけど、今だってローゼリットの事はお姫様だっていうより、俺達の仲間だって思う。だから、これからも、よろしく……?」
やっぱり何か上手く言えない。
けど、ローゼリットも幸せな猫みたいに笑って頷いた。
「はい――これからも、よろしくお願いします」
姫とかそういうのを差っ引いても、ローゼリットは綺麗すぎて、笑ってくれるだけで何だかもう何もかもが上手く行ったような気がしてくる。
グレイもマリアベルも、あー、良かったなぁ。じゃ、明日も迷宮行こうか、みたいな気分になった。たぶん。だけど、アランが申し訳なさそうに「つってもな、まぁあれで、それなわけで」と付け加えた。
「リゼ――リーゼロッテの事なんだが」
その言葉に、にゅっ、とマリアベルが起き上った。ローゼリットは、ちょっと不満、というか、困ったような顔だ。あんまり楽しい話ではないのだろう。ほんの少しすれ違ったような邂逅だったけど、仲が良いようには見えなかった。マリアベルも、あんまり楽しくはないけど、という感じでちょっとだけ首を傾げて、口を開く。
「すこぅしはね、知ってるよ。王様の3人のお妃様と、うーんとお綺麗な、末のお姫様の話は。国民にまで伝わってるような、下世話な噂話だけだけどね。だからまぁ、あたしは良いかなぁ。仲良くなれないのは、なぁんとなく分かるよ。でも、それって仕方ないよね。人生ままあることだよね――違う?」
「……違わん」
「だよねぇ」
呻る様に言ったアランに、マリアベルはほにゃほにゃ笑って、それからローゼリットの手を取って立ち上がった。
「そういうわけだから、あたし達、もう部屋に帰るね。また明日」
「……おう」
アランは多少不服そうだったけど、2人に手を挙げた。
「お休みなさい。また明日」
ローゼリットもそう言って、胸の横辺りで小さく手を振って来る。王女様とは思えない位、ごく普通の女の子っぽい、可愛い仕草だ。どうしてだろ。
「また明日」
「お休み」
グレイとハーヴェイも口々に言って手を振る。ぱたん、とドアを閉めて2人が女部屋に戻って行く足音が十分に遠ざかってから、グレイはアランに向き直った。
「えーと、本人居ないのにこんなことを言うのも何だけど――何でローゼリット、冒険者なんてやってんの?」
「……聞いてくれるか」
「う、うん」
「あの魔法使いは断固として断ってきたわけだが」
「みたいだったなー。珍しい」
ほにゃほにゃしていたけど、マリアベルの態度には、アランの話はぜったい聞かないよ、という意思が見て取れた。マリアベルが人の話を聞きたがらないのは、かなり珍しい。大抵嫌な話でも、一応は聞いて物を考える魔法使いにしては珍しいと言うか、今回が初めてのような気がした。それくらい、聞きたくない話なんだろうか。
「まぁ、大筋は知ってるからだろうけどな――とはいえ、一応、聞いてもらえると嬉しい」
そう言って、アランは、マリアベル曰く『王様の3人のお妃様と、うーんとお綺麗な、末のお姫様の話』を語り始めた。