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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
3章 2回目のミッション
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3-35

 せーのっ、とハーヴェイと力を合わせてキマイラの巨体を持ち上げる。少し浮く。「ごめん……」その隙間から、ずるずるとグレイが這い出して来る。自力で脱出してくれる程度の怪我で済んで何よりだ。そんな減らず口を叩きたいけど、口を開いたら絶対に力抜けるから言えない。


「にゅー、むー!」


 巻き込まれそうだから、と引っ込ませたマリアベルがグレイの腕を掴んで引っ張る。ローゼリットもマリアベルに倣う。


「が、頑張ってください!」


 2人掛かりで引っぱると、童話の中の野菜のように、ぽんっ、とグレイがキマイラの死体の下から飛び出した。


「にゅわっ!?」「きゃっ!」後衛2人が揃って悲鳴を上げて、すてんっと転ぶ。「い、ってて……ごめん。助かった……」よろよろとグレイが立ち上がった。


「わー、グレイ。無事で良かった。怪我もあんまりしてない?」


 ハーヴェイがぺたぺたとグレイの肩とか背中を叩く。立ち上がったマリアベルも、一緒になってぺたぺた叩く。


「ほんとだ。あんまり怪我してなさげ。良かったねぇ。っていうか、丈夫だねぇ」


 グレイ自身、大した怪我が無いのに驚いたようだった。謙虚に首を傾げる。


「『加護プロビデンス』のお陰かな?」


「『犠牲の代行(サクリファイスシープ)』ではないのですから。『加護プロビデンス』にそこまでの効果はありませんよ……本当に大丈夫ですか?」


「うん。ダメかと思ったけど、平気そう」


 かなり正直な事をグレイが言うと、もうっ、とローゼリットは口を尖らせた。


「ダメかと思うような真似をしないでくださいね」


「はい……ごめんなさい……」


「にゅふふ。おーこーらーれーたー……さて、キマイラやっつけたし、衛兵さんに報告がてら、今回はもう帰ろうか?」


 ローブの裾と、長い金髪を翻してマリアベルがその場でくるっと回る。来た道を指差して首を傾げた。


「どうかな?」


「そうだねー。5階が今までと同じくらいの広さなら、まだ半分くらいしか探索終わってないよね。今回6階の階段までって厳しいだろうし、一旦帰ろうか」


 疲れたようにハーヴェイが同意する。アランもけっこう出血が酷かったから、怪我自体は治して貰ったものの怠い。


「帰るか」


「そうですね。今からでしたら、今日中に3階までは辿り着けるでしょうし」


 ローゼリットも上方を見上げて、現実的な事を言った。いくらカマキリの主食はダチョウとヘビだと聞いても、夜に4階を移動する度胸は無い。


「帰ろうか」


 グレイも頷いて、帰り道とは全然違う方に歩いて行こうとする。「グレイ、そっちじゃないよー」マリアベルが笑って正しい帰り道を指差す。グレイはかなり方向感覚アレだ。


「……そっちだっけ?」


「うん」


「そっか……」


「にゅふふっ」


 マリアベルは弾むように歩き出す。ローゼリットは地図にキマイラの討伐地点を書き込んでから、マリアベルに続く。アランは項垂れるグレイの肩を叩いた。


「ほら、行こうぜ」


「そだなぁ……」


 その後は、ヘビに不意打ちを食らうことも無く駐屯地まで辿り着く。にこにこと笑ってマリアベルが指令ミッションの完了を報告すると、ミーミル衛兵は驚いたようだった。


「――君たちが?」


「そうですよぉ」


 気を悪くした様子も無く、マリアベルが頷く。マリアベルは見かけよりずっと偉大な魔法使いだ。つまりそれ相応の努力を重ねて来たんだろうけど、寛大だ。ほにゃほにゃと笑って、ローゼリットが持つ地図でキマイラを倒した場所を伝えている。


「そうか、では確認しておこう」


 それでもまだ疑うような声音でミーミル衛兵が告げると、奥から歩いて来た別のミーミル衛兵が槍の柄で兜を軽く小突いた。


「おい、この子ら、あのミノタウロスとやり合った冒険者だぞ」


「えっ?」


「にゅっ?」


 意外そうな声は、当のミーミル衛兵ではなくグレイとマリアベルの口から漏れた。マリアベルはぱちぱちと2回まばたきをする。


「あれ……? あの時いらっしゃらなかったですよね?」


 顎まで覆う形の揃いの兜を身に着けていても、何故かミーミル衛兵の見分けがつくマリアベルが尋ねる。問われた衛兵は、「ふっふっふ……」と意味深な笑みを漏らした。


「ミーミル衛兵は、5階までの迷宮の事なら何でも知っているのさ……さ、帰るなら急ぐと良い。今からなら、明るい内に3階まで行けるだろうさ」


「はぁ……」確かに、ミノタウロスと戦う際に一番前へ出ていた戦士とは思えない様な、気の抜けた声を出してグレイが軽く頭を下げる。「それじゃ、失礼します」


「にゅふふっ、失礼しまーす」


 とことこと階段を降りて行く。先頭のハーヴェイが苦笑気味に言った。


「前々から凄いとは思ってたけど、ミーミル衛兵の情報連携っぷり、ほんとに凄いよね」


「そうだねぇ。びっくりしたよー」


「何でも知ってそうだよなー」


 マリアベルもグレイも、あんまり驚いているようには聞こえない声で頷き合う。呑気な、と思えばそうだし、器が大きいと言えばそれもそうか。ローゼリットが少し笑う。


「悪いことは出来ませんね」


「そうだねぇ」


 にゅふふ、とマリアベルがチェシャ猫の顔で笑う。


「あたしたちはしないけど、きっと必要だったんだろうね」


 その後は順調に進み、翌日の夕方には街に帰ることが出来た。また何日かいなかった間に、街は妙に飾り立てられている。


「……何だろ。お花とか、いっぱい飾られてるね。綺麗」


 マリアベルがきょろきょろと辺りを見回して呟く。もともとミーミルは海辺の温暖な気候で、しかも緑の大樹によって多くの富がもたらされている土地だ。冒険者の為に作られたような西部の街も、きちんとした都市計画によって作られていて衛生状態が良い。飲食店と住居を兼ねた木造の建物で、2階や3階の張り出し窓には鉢植えの花が飾られていることも多かった。


 それにしても、今日はやたらめったら、という感じで街のあちこちに花が飾られていた。昼間に振り撒かれたのか、大通りには花びらと紙吹雪の残骸も落ちている。


「どうしたんだろうねー? あ、“ゾディア”関連かな。竜討伐記念とか、新階層到達記念とか」


「まぁ、あるとしたらそんな所か」


 ハーヴェイがかなり妥当な事を言った。アランが頷くと、にゅーんっ、と首を傾げていたマリアベルがぺちん、と指を鳴らす。上手く鳴ってない。もう1回試して、やっぱり変な音しか出ないと諦めたみたいだった。


「指は、鳴らないけどねぇ」


 じっと見つめてたアランに気付いていたのか、悲しげに溜息を吐く。


「思いつきました。キマイラの報告がてら、大公宮行ってみようか。マーベリックさんが居たら、何か教えてもらえるかも」


「それはいいかもね。僕も行こうかな」


 普段は書庫への報告がマリアベルとローゼリット。商店へ迷宮で拾ったものを売りに行くのが残りの3人、という分担だけど、珍しくハーヴェイもそんな事を言いだす。


「じゃ、俺も行こうかな」


 グレイもその気になっている。アランも気にならないわけじゃない。


「そうだな。全員で行くか」


「そうですね。みんなで行きましょうか」


 それなりに体力が付いて来たローゼリットが、迷宮帰りにしては元気な足取りで大公宮に向かう。


 やはり大公宮で何か行われたのか、単純に街の中心に大公宮があるからか、進むにつれて街は賑やかになっている。「何だろうな」「何だろうね」グレイとマリアベルが楽しそうに囁き合う。「賑やかでいいねぇ」まったりとハーヴェイが辺りを前だけを見て歩く。迷宮の中ではあちこちを見回しているから、前だけ見ていて良い街中は気楽なんだろう。


 街の中心広場まで辿り着く。どうやら、何かは冒険者登録所で行われるらしい。普段は比較的閑散としている冒険者登録所に冒険者や街の人が詰めかけていて、入口でミーミル衛兵が誘導を行っていた。


「あっちで何かあるんだな」


 大変そうだな、と思いながらアランが冒険者登録所を指差すと、マリアベルが背伸びをした。


「にゅーん。人いっぱい……」


「大公宮は空いてそうで、良かったな」


 グレイが言うと、途端に背伸びをやめてマリアベルが微笑む。


「そうだねぇ」

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