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ミーミルの街は賑やかになった。毎日賑やかになって行く気がする。ミーミルの街の最外殻では、新しい商店や、冒険者の為の住居や、宿屋が建てられていく。大きな広場も1つ作られる予定らしい。そこに、屋台や簡単な露店を集めるのだとか。
増えるであろう冒険者や商人を相手にする為の、ミーミルの衛兵募集の張り紙もあちこちで見かけた。冒険者登録所とか、大公宮とか、酒場とか、戦士ギルドとかで。盗賊ギルドと魔法使いギルドに張り紙は無かったらしい。「別に、本職の盗賊とは違うんだけどね」とハーヴェイは苦笑気味だ。「魔法使いは魔法使いでしかないから」とマリアベルは当然のように頷く。
5人で緑の大樹に向かって歩いていると、街道の遠くから騎馬の集団がミーミルの街に向かって来るのも見えた。グレイ自身『他所の街から来た人間』なのは分かってるけど、田舎町で育った人間だからどうしても思ってしまう。ぽてぽてとグレイの隣を歩くマリアベルを見下ろす。
「少し、ミーミルの街も治安が悪くなるかな?」
「どうだろうねぇ。衛兵さんも増やしてるし……それに、王都からも衛兵さんが派兵されてるらしいよ」
「わざわざ?」
「うん。随分大きなお金が動くようになったからねぇ。偉い人も、ミーミルの商人達があそこまで大きな額を動かせるとは思ってなかったんじゃないかな」
マリアベルは愉快そうに弾んでみせた。ふわっと、長い金髪が揺れる。
「あとはほら、サリー小母さまが言ってた通り、誰か偉い人が来るんじゃないかなって説もあるし。だから、そーんなに急に、治安が良くなったり悪くなったりはしないと思うよ」
グレイ達の会話が聞こえていたのか、ハーヴェイが呑気に口を挟んで来る。
「盗賊ギルドでは、逆に取り締まりが厳しくなりそうだから、疑われる様な真似はするなよって注意されたー」
「本職じゃないのに?」
マリアベルは目を瞬かせる。
「響きがどうしてもねー……」
「にゅすん。悲しいですなぁ」
「そうだねー。何で盗賊ギルドなんて名前にしちゃったんだろうねー」
「元々は本職の人と偵察兵が集まって、出来たギルドだって聞いたことがあるけど。西の国の大山脈にいた山賊一家が、真珠の国の脱走兵とか、異端者だって教会に破門された学者さんとかを受け入れて出来たんだっけ?」
「え、そうなの……?」
当の盗賊ギルドに所属しているハーヴェイはぽかんとして、マリアベルは珍しく苦笑した。
「あたしの勘違いだったかも」
「たしかそれで合ってたはずだぞ」口を挟んだのはアランだった。「何でハーヴェイが知らないんだよ」
「えー、だって知らないよー。ギルドの成り立ちなんて。戦士ギルドの成り立ち、グレイ知ってる?」
「いや、さっぱり」
「だよねー。マリアベル……は、知ってそうだから、やめとく……」
「懸命だねぇ」
にゅふっ、と笑ってマリアベルは迷宮入口に立っているミーミル衛兵に、冒険者証明証を見せに行く。何となくグレイもついて行くと、親しげな感じにミーミル衛兵に肩を叩かれた。
「おー、お前ら。元気にやってるかー」
「グラッドさん、こんにちは。お陰様で、5階まで行きましたよぅ。キマイラの指令を受けました」
マリアベルはにこにこ笑って会釈する。グレイも、グラッドの兄貴くらいなら声で分かる。グラッドの後ろでは、「あと2組来るらしいぞー、鈴用意しとけ」と隊長らしい人が他の衛兵に指示を出していた。グレイも軽く会釈してから言う。
「お久しぶりです。何か、忙しそうですね」
「あぁ、最近また冒険者が増えてきてな。新米だけのパーティも幾つかあるから、最初の案内だの、怪我人の回収だの、ちまちまと仕事が増える」
「にゅふふっ。ネズミとか青虫に苦労してますか」
マリアベルが懐かしそうに言った。グラッドも頷く。
「してるしてる。そうかと思ったら、あっと言う間にミーミル衛兵を助けたりするから、冒険者は油断ならない」
くすぐったそうにマリアベルは首を竦めた。
「グラッドさんもそうだったって、聞きましたけど」
「もう随分昔の話だよ――さて、仲間を待たせたら悪いな。行って来い」
「行ってきまーす」
「行ってきます」
マリアベルと2人で子供みたいな返事をしてしまった。運悪く近くにいた、他の冒険者パーティに微笑ましいものを見た顔をされる。冒険者らしくない、穏やかな感じの人達だ。職業に関係なく、揃いのマントと留め金を付けているから、どこかのギルドに所属してる人達のパーティだろう。そんな事を考えていると、マリアベルに袖を引っ張られる。
「どした?」
「ギルド“シェヘラザード”だろうね。初めて冒険者登録所に行った時、責任者さんがどこにいるか教えてくれた僧侶さん、いたでしょ。レリックさん。あの人と同じ留め金付けてる」
「あぁ、そんな事も、あったような、なかったような、あったかもなー……」
ほんと、よく覚えているもんだ。
マリアベルは、シェヘラザード、ともう1度彼らのギルド名を呟いて、目を細めた。
「素敵なギルド名だよね。『知恵ある語り部』、もしくは『千の神話を識る美しい人』、みたいな意味かな」
「へぇ……ギルドに吟遊詩人が多いのかな」
「そうかもね。迷宮で吟遊詩人って、何をやるのか、よく分かんないけど……」
“シェヘラザード”の人達から随分離れていたにも関わらず、最後の方は小声で告げる。確かによく分からん。
迷宮の中では、女神さまの采配のお陰なのか、純粋に広いからか、ほとんど他のパーティに出くわさない。先に入った“シェヘラザード”のパーティの背中も、足跡すらも見えない。ただ、遠くの方から悲鳴だか怒鳴り声だかは聞こえてきた。新米冒険者だろう。
「頑張ってるねー」
「やってるねぇ」
ほわほわとハーヴェイとマリアベルが頷き合い、「大丈夫でしょうか」とローゼリットが心配そうに遠くを見た。
「叫んでる余裕があるなら大丈夫だろ」
アランはそっけなく言う。まったくその通りで、本当に死にそうな時に悲鳴を上げることは出来ない。
「叫ぶのってけっこう重労働だよな」
「だから戦士の特技で『戦士の雄叫び』があるんだろ。わざわざ習わないと出来ないって事で」
「確かになー。アラン、そのうち覚える? けっこう便利だって話だけど」
「あー……グレイに任せる」
「何か任された……」
「嫌なら断った方が良いですよ」
ローゼリットは相変わらず可愛い。じゃない、優しい。いや、可愛いでも合ってるけど。立ってても座ってても歩いてても、可愛くて綺麗だ。
「ありがと。でも、別に嫌なわけじゃないから」
「それなら、良いのですけれど」
いくら迷宮を甘く見ちゃいけないって言っても、さすがに1階だとダレる。1階では一番の大物である糸吐き青虫を見かけても、「あー、いるねー」とハーヴェイが弓を準備して、マリアベルが詠唱を始める。特に迂回もしなくなった。
2階ではさすがに暴れ大牛を避けて丁寧に進むけど、3階は茸かーって感じだ。例外は『猛毒蝶』。紫色の蝶は、グレイ達にとって軽くトラウマものだから見かけると全力で倒す。で、固まった蝶の『鱗粉の結晶』は高く売れるから拾っていく。




