01 はじめまして
緑の大樹。
そう称される大樹を見上げて、少年は感嘆の息をもらした。隣に立つ少女も、つぶらな目をさらに大きくして大樹を見上げている。
世界を支えている木であり、世界の大地はこの緑の大樹の根で出来ていると老人達は語る。お伽噺だろうと笑っていたが、眼前の緑の大樹を見上げるとお伽噺を信じてしまいそうになった。
1本の木であるはずなのだが、多くの枝を、葉を茂らせ、まるで森のようだ。まだ緑の大樹の根元まで1日ほどかかる距離を挟んで見上げているが、緑の大樹の頂点は霞かかって見えない。
「立派、ねー」
「だなー……」
緑の大樹には3柱の運命の女神が住まうという。女神たちは利益と損失の両方を、あらゆる生き物に与えるため、緑の大樹の幹の中に迷宮を作り上げたのだ、と。
迷宮の中には、他の土地では見られない動物、植物、そして、鉱石が多数存在した。迷宮に住む動物たちの爪や毛皮は、平地に住む動物のものより遥かに丈夫で美しかった。迷宮の中で育つ植物は、美味であり、同時に薬や毒、あるいは香辛料として重宝された。迷宮の内部で発見された鉱石は、装飾品や建築素材として運び出されている。
女神たちは、あらゆる富の欠片を迷宮の中に納め、惜しみなく与え、そして富に手を伸ばした愚者たちの中から、気紛れにその者の全てを奪い去っていく。迷宮内の怪物たちに襲われ、あるいは単純に迷い、多くの人間が命を落として来た。迷宮は緑の大樹と同様に、どこまでも上に続いていると言われており、人と緑の大樹の長い歴史の中でも迷宮の全容は未だに解き明かされていない。
十数年前、緑の大樹を擁する国、ウルズ王国のローランド王は国中の民に触れを出した。
緑の大樹の、頂点を目指せと。迷宮の謎を、解き明かせと。善き女神の糸を、己の手で繰り寄せろと。
それに呼応した多くの勇敢な愚者は、いつしかこう称されるようになった。
――冒険者、と。
「行くぞ」
「おー!」
勇ましく、2人の新米冒険者は再び歩き出す。
故郷を離れてとうとう辿り着いた。到着に対する感慨と、これから始まる冒険への期待。
荷物を背負い直して、少年は笑った。
直近の目的地は、緑の大樹に擁かれる街、ミーミルだ。