Military dog girls
穴だらけのドアを開けると、そこは血の海だった。
薄暗い部屋。天井を見ると蛍光灯はほとんどが砕けていた。フミノは微かに顔をしかめた。微かな硝煙と、葉巻と、血の混ざったいつもの臭気。仕事(襲撃)後のアジトの類はたいていこの臭いがする。葉巻を除けば、自分自身からも漂っている臭いなのだろうが。
建物の安っぽさには見合わない高価な調度品に溢れた部屋は、今は静まり返っていた。壁には無数の弾痕が刻まれている。部屋の主である男は、砕けた窓の下に首から上をなくして転がっていた。
ぼんやりとその死体を眺める。手首には金時計、指には大きな宝石のついた指輪。お決まりのやつ。なぜか知らないが、裏組織の幹部というと版で押したように同じような格好をしている。
「なーにやってんの、フミノ」
急に背後から声をかけられ、慌てて振り返ると制服姿の少女が散弾銃(M870)を手にして立っていた。なぜか笑顔で。
「……エマ。驚かさないでよ」
彼女――エマは相変わらずの笑顔で
「別にそんなつもりじゃないんだけどなー」
と答えた。
「そのうち間違えて撃たれるよ」
「えー、相手に気付かないほうが危ないと思うけどなー。私が敵だったら、フミノ死んでるよ」
微妙に正論だから言い返しづらい。なぜか、エマの接近には気付きにくい。
「まあいいや。フミノ、帰るよ」
「……終わったの」
「うん。ここにはもういないよ。みんな死んでる」
「……うん」
「あれ、元気ないね。もしかしてどっかケガしたり」
ちょっとみせて、と体を調べようとするエマを慌てて押し留める。
「……ほんとになんでもないから。ていうか、そんなに元気なのはエマだけだよ」
エマは、そーかなー、とか言いながら、さりげなく銃口を戸口に向けた。直後、小柄な少女がひょいと顔を出した。、体に不釣合いに大きなスーツケースを持っている。
「おーい、何やってるんですか……ってエマさん銃下ろしてください、怖いから」
「あ、ごめんシャーリィ、お疲れ」
「まあ、今回は楽でしたねえ。ろくに窓、警戒してませんでしたし」
彼女はちらりと横たわる首なし死体に目をやった。彼の頭を吹っ飛ばした張本人は彼女だ。スーツケースの中には分解した狙撃銃が収まっているのだろう。
「ほら、行きましょう。もう私たちしかいませんから。片付けは誰かがやるでしょう」
「そうそう、帰ろう、フミノ。……人はいない。いるのは犬だけ」
その冗談と言えるか微妙な言葉に、私は少しだけ笑った。そう、私たちは人間じゃない。私たちは――
「……そうだね。行こう」
私たちは、イヌだ。
一人を平和な街で殺すのは、戦場で数百人を殺すより、場合によっては困難だ。彼女はそう語った。
それは軍隊からしてもそうらしい。かつては軍の特殊部隊がそれをやっていたし、武装した諜報機関の類もその真似事をやっていた。一般市民に紛れた裏組織の構成員は、基本的に法律による保護の対象であるし、正当な手続きを踏もうにも組織内での地位が高ければ高いほど証拠を掴みにくくなるので(彼らは自分の手は直接汚さない―――末端の構成員に命じるだけだ)、蔓延ったマフィアその他の組織を潰すのは難しい。よって「証拠はないが確実に黒」と判断した対象は、秘密裏に葬られていた。
しかし、今は状況が違う。暗殺という手段は非常にリスキーなものになった。大量の資金をもつ都市部の武装組織は、高価で高性能な火器によって重武装化していき、また代理戦闘機械や無人兵器の台頭で、兵士を失うことについての批判は厳しくなった。それが、「正規の」戦闘ではなく、非合法の殺人ともなればなおさらだし、軍人の誰もそんな危険な汚れ仕事をやりたがらなかった。
結果、「暗殺」という業務は他の多くのものと同じ方式がとられるようになった―――つまり、民間企業に外注されるようになっっていった。
もともと軍事行動には大量の補給とその輸送がつきものだし、その供給源は民間企業であったので、後方任務全般が外注され、ついで戦力そのもの―――つまりは人員が外部から派遣されるようになるまで、そう長い時間はかからなかった。
「―――その後、数社の民間軍事会社が数年のうちに統合されて、今のL.X.社………つまり、私たちの雇い主よ」
彼女はなぜか、そういったことに詳しかった。単に私が知らなすぎただけかも知れないが。彼女は私たちより少し年上で、私たちの中では最古参の一人だった。名前は、結局知らないままだった。あえて聞こうともしなかったし、彼女も名乗らなかった。ただ、エマは彼女を牧羊犬とあだ名していたので、その名で覚えていた。さすがに本人に言ったことはない。
新入りにはたいてい彼女が基本的な銃器の扱いを教えていたし、私も同様だった。そのときは、たしか「なぜわざわざ少女ばかり集めた部隊を作るのか」というふと浮かんだ疑問に、少しばかり丁寧すぎるほどに答えてくれた。親切なのか、そうでなければそういったことが好きなのだろう。
「例え捕虜になっても、軍服を着ている正規兵なら条約の保護が一応はあるし、条約を遵守する相手なら殺されることはない。でもその代わりたとえ犯罪者だとしても民間人を攻撃することはできないし、他にも色々制限がかかる。この十数年で輸出入や土地売買、あらゆる場所と規模で犯罪組織が喰い込むようになって、結果的に政府にとって、正規兵じゃ手を出せないやっかいな集団が生まれてしまった」
「そういった組織は下手に手を出せば怪我をする可能性があるから、一番いいのは野良犬にでも噛まれて死んでくれること、なのよ」
「野良犬……」
「そうすれば、責任は誰にもない。ただの事故よ」
つまりは、死んだところで責任を負う必要のない、違法だと問い詰められてもシラを切りとおせるような「非正規兵」の部隊を欲したのだ。
「人は、意外に見かけに騙されやすいもの。銃さえあれば誰でも人を殺せるのに、女の子を警戒する人なんてまずいないから、都合が良かった。少女ばかり集めるのはそういうわけ」
―――君、名前は?
―――フミノ
―――私たちは民間軍事会社L.X.・人材派遣課です。私たちと契約しませんか?
あらゆる記録は、契約時に一度抹消される。契約終了までの期間、人としての権利を失い、軍属として働くかわり、期間中の生活は保障され、その後の金銭的支援も約束される。
それが、私たちが交わした契約。
誰も過去の話なんてしたがらないから、どうして他の子がここにいるのかは知らない。ただみんな、イヌとしてここにいて、この宿舎で生活し、戦っている。
私たちは、本当にイヌなのだ。書類の上では、私たちは軍用犬として登録されている。別に不快とも思わない。もちろん私たちは未成年だから、武器を持てば少年兵ということになるし、それは国際法で禁じられている。だから犬として登録するのはそういった問題を回避するためでもあっただろう。そもそも私を含めた多くは、そういったことに興味を持たなかった。牧羊犬の彼女は変わり者の一人だ。ごくシンプルなルールだけが、私たちを支配している。
死ななければ、生きていられる。
危険な数分、数時間、数日を、生き延びること。そうすれば、ここにいる間は飢えることも死ぬこともない。
私たちの所属は軍になっていたけれど、軍服は着ない。その代わり、普通の学生が着るような制服が支給されていた。敵の警戒を解く効果も多少期待されているのかもしれない。
一通り、様々な銃器の扱いは覚えこまされたけれど、最もよく使うのは短機関銃だ。たいていは楽器のケースに収めて持ち運ぶから、小型・軽量のもの。あまり大きいと目立つ上に移動の邪魔だから、ライフルの類は好まれなかった。
今回は、それが仇となった。標的は麻薬や武器の密輸を取り仕切っていると目されていた組織の倉庫だった。私は狙撃手として、少しはなれた建物の屋上に伏せていた。いつも通り、玩具のような外観のP-90を構えて数人が踏み込み―――次の瞬間、踏み込んだドアごと吹き飛んだ。立ち込める煙の中から、無骨な鋼鉄の人型が姿を表した。代理戦闘機械―――しかも、後に続いてライフルを携えた一団が姿を表した。
慌てて応戦するが、結果は見えていた。短機関銃の軽い弾など代理戦闘機械の装甲は通さないし、それ以上の火力を私たちはもっていないのだ。狙撃銃にしたって、弾丸は対人用のライフル弾だ。誰もそんなものの存在を予期してはいなかった。
市街地まで後退し、なんとか抵抗しているものの、すでに何人も死んでいる。同室の子が殺されるのも見た。
「フミノ!無事か」
エマが物陰の私の隣に滑り込む。
「正規軍が来るそうだよ。さすがにほっとけないだろうからね。順次撤退しろってさ」
「そう言われても………」
味方はかなり散らばっているし、敵もうろついているままだ。
「フミノ、卒業まであと何日?」
「なんでいまそんなこと……」
「いーから」
「……一週間だけど」
「そっか。じゃそれ貸して」
エマが私の手からライフルをひょいと取り上げる。
「行って。狙撃兵が残ってれば、まずそっちを潰しに来るはずだから」
「ちょっとエマ、それって」
「死ぬつもりなんかじゃないよ、勘違いしないで。時間稼いだらちゃんと逃げるよ。ほら早く行って、あと一週間ってときに死んだらもったいないから」
「でも………」
エマは黙って、スコープを覗いている。
しかたなく私は走り出した。死なないで、と半ば祈りながら。
私たちの生活や施設などは、士官学校をモデルに作られているらしい。そのせいか、契約期間が終了することを「卒業」と呼んでいた。
自分ではあまり気にしてこなかったけれど、いつのまにか私の契約期間は残り一月になっていた。
それを知ったエマが、卒業後はどうするのかと聞いてきた。
「………わからない」
「わからないって……せめて、外に出るのか、正規の軍人になるか、ぐらいは」
「だからそれもわからないって」
「んー、じゃあなんかしたいことないの?」
「………したくないことならあるけど」
「ええ……なに?」
「大人に、会いたくない。怖いから」
エマはしばらく黙っていた。そして、あえてほとんどタブー視されている質問をした。
「フミノはさ、どうしてここに来たの?」
私はしばらく壁を見つめていたけど、やがて少しずつ話し出した。
私は、ここに来る前から人じゃなかった。イヌより悪いかもしれない。ほとんど、モノ扱いされてたから。私は捨て子なの。両親に繋がるものはなにもなかった。ずっと施設にいたんだけど、しばらくしてから里親に引き取られて……すごく、いい人たちだと思った。最初は。だけど、ヤミで大きな借金をして……そのお金を返すために、私はどこかの犯罪組織に売られた。その後なんて、わかるでしょう。死んだほうがいいって、生きていたくないって、ずっと思い続けてた。まったく外に出れなくて、ずっと地下に鎖で繋がれてた………偶然、ここの人たちがそこを襲撃して、私は助けられ、ここにいる。
二人とも、長い間沈黙していた。
エマは生きて帰ってきた。瀕死の重傷を負っていたため、しばらく会うことはできなかった。
十日後、やっと面会が許された。私の契約期間は、すでに終わっていて、これからどうするか決めるようにと言われていた。
「やあ、フミノ」
あちこち包帯だらけのエマが手を上げようとしたが、顔をしかめて下ろした。
「なんとか、生きてるよ」
笑っている。
「エマ………」
私は何も言えなくなり、ただ涙を流していた。エマも、何も言わずに私を見ていた。
しばらくして、彼女が言った。
「そーいやさ、フミノ」
「………なに」
「卒業したあと、どうするか決めた?」
黙っていると、エマは「だろうと思った」と言って笑った。
「ならさ………学校、いきなよ」
「……どうして」
「なんとなくだけどさ。わたしたちって、狭い世界しか知らないんだよ。もう一回、普通に生き直すには、いいんじゃないかと思って」
「でも………」
私は、大人が怖い。外の世界が怖い。ここに来てからは、気持ちが楽だった。撃つべき目標は常に目の前で、やるべきこともわかっていたから。
「じゃあ、こうしよう。フミノは、わたしが行くまで、死なないで待ってて。それだけでいいから」
「エマ………?」
「わたしの契約期間はあと一年。それまで頑張ってお互い生き延びて。そしたら、わたしはフミノのとこに必ず行くよ。そんでさ、そのときにまだ生きていなくてもいいって思えるなら、二人で死ぬんだ」
「死ぬときも、エマと一緒なの……」
私は、少しだけ笑った。
「あれ、嫌だったかな」
「ううん、いやじゃないよ………ありがと、エマ。私、待ってるから。頑張って生きてるよ。でも、一年たっても来なかったら、許さないから」
「フミノも、勝手に一人で死んだら許さないからね」
エマの真剣な顔を、そのとき初めて見た。
基地の門の前で一瞬立ち止まった。息を吸い込み、足を踏み出そうとしたところで気付いてまた足を下ろした。首から用済みになったドッグタグを外してポケットに入れ、付けたままになっていたホルスターから拳銃を抜く。弾倉を抜き、セーフティをかけてから思いっきり基地の隅へ投げ捨てた。そのせいか、いくらか軽くなった足取りで、基地の門を抜けた。
私は、生きてみせる。ああ、こんな言葉を口にする日が来るなんて思いもしなかった。エマが来るまでは―――
「死んで、たまるか」