第二十一話 胡蝶の夢1
俺の幼馴染は困った人を見ると助けずにはいられない、ちょっと面倒な女の子だった。俺はその善行によく引っ張りまわされ、その度に要らぬ苦労をしていた。言葉も分からないのに道が分からず困っている外国人に話しかけに行ったり、首輪を抜けた犬を飼い主の人と一緒に追い掛け回したり。
ある日、俺は何故そんなに関係の無い人を助けるのかと沙耶に問うた。すると沙耶は事も無げにこう言った。
「人を助けるのに理由が要るの?」
いかにも不思議と言わんばかりのその表情に、俺は二の句が継げなかった。放っておけばこの子は際限なく首を突っ込むだろう。そしていつか痛い目に遭う。何せ俺から見ると要領が悪いのだ。犬の話だって結局最終的には飼い主がしゃがみ込んで呼んだら犬の方から寄ってきて捕まえられた。沙耶はただ走り回っていただけで、もしかしたら必要ないどころかより捕まえにくくしていただけかもしれなかったのだ。
それでも彼女の周りには笑顔が絶えなかった。彼女の事を誰もありがた迷惑とは思っていなかったようだ。正直その理由が長らく理解出来なかったのだが、いつの間にか俺もそんな笑顔の一人になっていた。
彼女が常に笑いかけてくるからだ。彼女が人に好かれる理由、それは彼女が誰に対してもまず笑顔で接しているからだ。不愛想なおっさんにも、ごつい兄ちゃんにもそれは向けられた。
俺はまた訊いた。何故関係ない人にも笑いかけるのかと。返答は明確だった。
「え? だって皆が仲良く暮らせた方がいいじゃん」
そりゃそうだ、と言うしかなかった。大した理由なんてなかった。沙耶は行動するのに理由が要らない人間だった。天然で、本物だった。
そんな沙耶を嫌う人間も、やはりいた。もしかしたら嫌うとは少し違うかもしれない。嫉妬や劣等感、そんなものかもしれない。時に彼女は眩しすぎるのだ。俺みたいな日陰の人間にはその光は強すぎて痛みすら感じる。




