第十四話 大商人
ベルを連れて客間に戻るとヴィレムは行儀良く座って待っていた。
「お待たせしましたヴィレムさん」
「はっはっは、お待ちしておりました。ところでそちらの方は」
「ご挨拶が遅れました。私ジオーネ家のメイド長を務めております、ベル・レンブラントと申します」
「これはこれは、実にお若いメイド長さんですね」
「ベルはこう見えて優秀でしてね。それに僕が幼い頃から身の回りの世話をしてくれている、姉のような存在です。僕が一番信頼している大事な人です」
ベルが深々と頭を下げる。身長が低いセラムは横目にベルが抑えきれないにやけ顔をしているのが見えた。小声で「大事な人だってキャーセラム様ったら」と横から聞こえる。
「そうですか。よろしくお願いします、ベルさん」
ヴィレムからは何か変わった様子はない。杞憂だったろうか。
「ところでセラム様、本日のご予定がそろそろ……」
「そうか。ヴィレムさん、本当ならばこれから我が領内を案内したいところなのですが、実は先約がありまして」
「いえ、こちらが早く来て無理を言っているのです。お気になさらず。ところで純粋な興味からお聞きしますが先約というのは……」
「カールストルム商会の副会長と面会の予定なんです」
「カールストルム商会! 世界を股にかける大商会じゃないですか! そんな人物がまた何用で?」
「さて、初めて会うのでそれは何とも」
「いやはや、僕も挨拶したいところですが……自重しましょう。流石にそれは我儘というものです。確かにそれは重要な約束ですね、僕は部屋で大人しくしてましょう」
「お心遣い感謝します。それではお部屋に案内します」
ヴィレムを部屋まで案内し終えるとセラムは漸く一息つく。
セラムはこの縁談において事前に気をつけるべきところガイウスから聞いていた。ガイウスは「こちらをより強く見せる為ならある程度見せちゃっていいよ。けど国家戦略、最先端技術を渡さないように気をつけてね」と言っていた。具体的には蒸気圧力式大砲や望遠鏡を見せるだけならいいがその構造を教えたり引き渡すのは駄目といった具合だ。
自分の一言で一国の政治の有利不利が決まる。一字一句言葉を選んで神経を尖らせる、そんなことそうそう続けたくはない。
「まったく、厄介なものだ」
個人的にはヴィレムは好青年だと思うが、政治が関わる以上その態度も素直には受け取れない。セラムは長年宮廷勢力とやりあってきたガイウスのような海千山千の猛者ではないのだ。
「お疲れのようですね」
ベルが気遣ってくれる。そんな人がいることでどれだけ癒されることか。
「ああ、だけど次の予定はまだ気楽……だといいなあ」
「そんなわけはありません。相手は大商人、利に聡く隙があれば骨までしゃぶり尽くされますよ」
約束の時刻は十四時、今の正確な時間はわからないが、国が管理する鐘楼台は二時間ごとに鐘を鳴らして時刻を報せてくれる。次の鐘が鳴れば十四時になる。
果たしてその馬車は鐘の音と共に門をくぐった。
「流石は大商人、時間には正確だ」
「では私はお客様をお出迎えしてきます。セラム様も応接間に行っていただきますよう」
お願いする、と頷いてセラムはベルと別れた。




