第十三話 ベル・レンブラント
「ではしばしこちらの部屋でお待ちください」
ヴィレムを客間に案内した後、セラムは一人でベルの私室へ向かう。本来一緒にヴィレム一行を出迎えるべきのメイド長は自室に待機させていた。
「ベル、入るよ」
「どうぞ」
扉をノックするとすぐに返事が返ってきた。ベルは椅子に行儀良く座って待っていた。
「済まないね。今客間に案内してきたよ」
「いえ」
反応が薄い。顔には出ていないがベルには珍しく不機嫌になっているようだ。どう切り出そうか迷い、意を決したその時。
「あの」
ベルの方から言い出され開きかけた口を閉じる。
「どうか私に接客させて下さいませんか?」
決意を宿した瞳。
「相手はマトゥシュカ家の公子だ。ベルを知っているかもしれない」
「私はジオーネ家のメイド長、ベル・レンブラントです。それ以上でもそれ以下でもありません。メイド長が重要なお客様を饗す事もなくおられましょうか」
「今はそうでも過去は、事実は違う。彼らにとっては今でもヤルナッハ家公女、リーゼロッテ・ヤルナッハであるかもしれない」
ベルは十歳までゼイウン公国にいた。過去ゼイウン公国の第四勢力として隆盛を極めたヤルナッハ家の第一子の彼女は、歴史の中で葬られた死人である。
その死人が生きている事実は一部の人間にとって字面以上に恐怖である。特にヤルナッハ家の領土の一部を吸収したマトゥシュカ家などは、眠ろうと電気を消した後に耳元で小五月蠅く飛ぶ蚊よりも疎ましい存在だろう。
「なればこそ、メイド長として存在を示す事こそ重要ではないでしょうか」
どの道これからの生活、ベルの存在を隠し通す事など出来はしない。命の危険も考えたが、牽制しておけばジオーネ家との仲を取り持つために来たヴィレム達がベルを害する確率は低い。
ベルの言う通り堂々と表に出る事で野心などないと表明するべきだろうか。
セラムはベルの瞳を見つめる。そこには務めを果たせぬもどかしさと足手まといになる心苦しさが見て取れる。
「……わかった。だが常に僕の側に侍り決して二人で会わないように。何か探りを入れられても知らぬ存ぜぬで通すように」
「……はい!」
ベルは嬉しそうに頷いた。
ベル・レンブラント : ジオーネ家のメイド長。実はゼイウン公国の亡家の公女である。諜報に長ける有能変態淑女。




