第十二話 ヴィレム2
「セラム嬢、どうか敬語をおやめ下さい。我々はもっと楽な関係になるべきだ」
「それはお互い様でしょう。貴方が敬語をやめたら僕もやめますよ」
「はっはっは、僕のは癖みたいなものでして」
「では僕も癖です」
セラムは固い態度を崩そうとしない。何分貞操の危機だ。
(冗談じゃない。僕はホモじゃないぞ)
いや、この場合はノーマルではあるのだが……。少々複雑な関係である。
「ともかく城への使者は立ててあります。とはいえ王女殿下の面会は明日以降になるでしょう。あっ、ご存知とは思いますが王は今療養中ですので公式の式典にも王女殿下が代役を務めております。貴方を軽んじているわけでは決してないこと、どうかご理解いただきたい」
「分かっております。それよりセラム嬢も僕のことを名前で呼んで下さい。相互理解というのはそこから始まると思うのですよ」
「そうですね。ではヴィレムさん、僕のことを嬢と呼ぶのはやめてください。子供扱いされているようであまり気分がよろしくありません」
「はっはっは。ではセラムさんとお呼びしましょう」
ヴィレムはあくまで慇懃に、しかし爽やかに、その態度を崩さない。
(その笑顔が仮面かどうか、見定めてやる)
セラムは一瞬の悪い微笑みをヴィレムから隠しわざとらしく言う。
「ところでヴィレムさんは今夜泊まる所を決めていらっしゃいますか? 何分急なことだったのでこちらの準備が整わず……」
「そうですね。当座はこの街の宿にでも泊まろうと思っていますが」
「それはいけない。貴方は云わば国賓。その身に何かあっては大事です。ここは僕の屋敷に、しかし今は離れしか空いてませんが……」
「それは有り難い」
即答。仮にも公子が離れで過ごす事に何の抵抗感も見せず。
「……本当にボロいですよ? 辛うじて屋根が付いてる程度の」
「構いません。急に押しかけたのはこちらです。安全で雨風が凌げるだけで十分です」
これにはセラムの方が面食らった。参ったとばかりに両手を上げてかぶりを振る。
「離れの方には護衛やお付きの方だけ泊まっていただきます。ヴィレムさんはどうぞ母屋へ、一室くらいは用意できます。……それと」
セラムは振り返ってバツの悪そうな笑顔をヴィレムに向けた。
「ボロは嘘です。僕の家人は優秀ですからそんな状態のまま放ってはおきません」




