第八話 軍議1(地図あり)
会議室には地図と駒が置かれた机を中心に七人の男が立っていた。机を囲むのは城に詰めている主立った武官と政務官。全員見たことのない顔だ。ゲームではあまり重要ではない人物はかなり省かれているのだろう、副将軍以下はゲーム中名前すら出てなかったので当然ではあるが。
ガイウス宰相と並んでセラムが室内に入ると、静謐だった空間が困惑に包まれた。中には明らかに奇異なものを見る視線を向ける者もいる。隣で軽い調子で挨拶するガイウス宰相に構わずそのような態度を取るということは、反ガイウス派の政務官や派閥とは関わり合いのない武官であろうか。セラムは圧迫感に押されないよう背筋を伸ばし集まっている七人を見定める。
「まずは皆に紹介しておこう。エルゲント将軍のお子、セラム殿だ。彼女も今回の軍議に加わる」
アドルフォ副将軍の声が空気を断ち切る。セラムが一礼すると皆一応得心がいったようで、アドルフォの次の言葉を待った。
「議題は対グラーフ王国防衛戦線への援軍についてだ」
「援軍要請が来たのですか?」
「来ていない。だが状況次第で必要であると判断される。それをこれから話し合いたい」
防衛戦の現状の指揮官はダリオ副将軍のはずだ。城に来る前ベルに聞いたダリオの性格からすると、たとえ劣勢でも援軍要請はしないだろう。恐らくアドルフォはそれを承知で放っておけば戦線は瓦解すると考えている。
「新しい報告を聞こう。イグリ軍団長」
「はい。先ほどの報告で、軍は都市ヴィグエントまで後退したとのことです」
室内にざわめきが起きる。アドルフォは既に聞いた報告だったのだろう。冷静に駒を地図に乗せていく。
「これで我軍は第二防衛線まで後退したことになる。だがヴィグエントはグラーフ王国に対して守り易い構造になっている。ここに籠城すればかなりの期間持つだろう。ガイウス宰相、他国の情勢についてはどうでしょうか」
「ふむ。まずゼイウン公国じゃが、一進一退の攻防を続けておる。正直現状を保つのに手一杯、援軍は望み薄じゃろうな。ノワール共和国の方は睨み合いが続いておる。グラーフ王国も当面積極的に攻める様子はない。とはいえノワール共和国は元々この戦争に難色を示しておった。こちらがそれなりの力を見せんと色よい返事は難しいじゃろうな」
「貴族の方々の助力はどうか」
「付近の領主をはじめ動ける方は既に戦場です。これ以上は無理です!」
「動けるのはここの守備隊だけというわけだ。何か意見はあるか」
セラムは考えこむ。本来ならここでゲームの筋書きを思い出し劇的な作戦で勝利! といきたいところだが…………無理なのだ。
そもそもが数ページ分のテキストでヴィグエントを放棄したと結末が書かれているだけの部分なのだ。今のセラムはいわば歴史書を見た状態で過去に行ったタイムトラベラーに近い。確かに大きな出来事は知っているが、言ってしまえばそれだけだった。歴史は書物に出てこない人物が無数に絡み、書ききれない事件が多数積み重なって歴史となる。
ゲーム上重要な場面でなくても、今の因果で今後の展開がどう変わっていくのか。成り行きを見守るべきなのか、それで都合の良い展開に転がってくれるのか判断がつかない。動きどころが掴めずセラムは沈黙する。
地図はヴァイス王国の一部です。