第十一話 ヴィレム1
その男は三日後にやって来た。線が細く、柔和な笑みを浮かべるその姿は一般的なゼイウン男児のイメージとはかけ離れている。
「はじめましてセラム嬢。僕はマトゥシュカ家、リーンハルト銀翼公が第三子、ヴィレム・マトゥシュカです」
セラムには見覚えがあった。確か一度ジオーネ領であった事がある。その時はとぼけた異国の青年だと思っていたのだが。
この男ははじめましてと言った。向こうとてセラムの事を気付いていない訳はない。つまり以前の事を忘れて改めて政略結婚の関係を確認しようというのだろう。
ふざけやがって、とセラムは思う。だが向こうがその気ならそれでもいい。何せこの婚約には乗り気ではないのだ。
「はじめましてヴィレム公子。随分早いお着きですね」
「貴女を早く見たいが為に待ちきれずに来てしまいました」
何を白々しく。こちらが断れない事を分かっていて国境で待っていたんだろ、という棘は内心で留めておく。だがその行動の速さにこそ焦りが見える。戦況は芳しくないのだろう。
「こちらへどうぞ。我が屋敷をご案内しましょう。マトゥシュカ家に比べれば犬小屋みたいなものでしょうけど」
「何をおっしゃいますやら。これ程瀟洒な庭は見たことがありません。特に水路が綺麗だ。優雅な曲線を描き庭を跨ぐ水の流れを眺めながら煉瓦道を歩くと中央に見える噴水、しかも水がとても清らかで虹が掛かっている。とても上品な感性をしていらっしゃる」
言葉に込めた嫌味をヴィレムは事も無げに受け流す。しかし表情からその言葉は本心からのものだと分かる。政治的な縁談だと警戒していたが、案外そんな裏表のなさを買われてこの役に任じられたのかもしれない。
「そうですね。水は我が領地の自慢です。それに亡き父上の審美眼は確かだったようです」
それは家具や調度品にも表れていた。統一感のあるそれらは決して高価な物ばかりではない。実用性を重視しつつ邪魔にならない程度に美的感覚を主張するその数々の品は殆どがエルゲントが集めた物だった。
彼は無骨な武人ではなく、多才で政治が分かり、国王を始め主要な人物と早くに友好な関係を結ぶ如才のなさを持つ文武両道の人だった。調べれば調べるほど彼の人間としての凄み、国にとってどれだけ重要人物だったかが思い知らされる。そしてその娘として自分がどれだけを期待されていたか、若年ながら将軍に推された意味を知るのである。




