第二話 夢の終わり
ぼやけた視界にソファーと机が映る。涙の跡が髪を濡らしている。
夢を見ていたのか、と思いセラムが体を起こす。掛かっていた毛布が体から落ちた。
「起きたか」
リカルドの声で状況を把握する。どうやら泣きつかれてあのまま眠っていたらしい。恥ずかしさが込み上げてくる。
「すみません、忙しい時に。僕は何時間位寝ていましたか?」
「三時間位だ。当面の指示は出しておいたから安心するがいい」
「そうですか。ありがとうございます」
頭を振り払って意識を覚ます。やるべき事はまだある。
「ここの管轄はどうなりますか?」
「まだわからん。正式な領主は恐らく後日本来の主であるルーカス子爵が任命されるであろうが、当面は総大将の私が受け持つ事になると思う」
「でしたら我が領地の新技術を使った水道設備を敷設する事をお許しいただきたい」
「ほう、点数稼ぎ……ではないだろうな。貴殿にとっては今更そこまでする意味も無かろうし」
「はい、断じてそのような意図ではありません。ただ占領下にあった不満を軽くするために優先的に最新の設備を使わせたいと思った次第です」
「貴殿の統治ぶりは聞いている。誰もが家にいながら手軽に水を汲める夢の様な土地だと評判らしいな。新技術を次々と使った実験都市だとも。正直羨ましい、私が欲しいくらいだ。不満を軽減するにはいいだろう」
ただ生活を便利にするだけでなく、他が持ってない物を持っているという優越感がポイントだ。それにインフラを整える事は軍を駐留させる場合にもプラスになる。今迄特定の箇所に設置された井戸まで水を汲みに行っていたものが、民間人の邪魔をせずどこでも素早く水を用意出来るというだけで意義は大きい。軍隊において水の確保がどれ程重要かは論じるまでもないだろう。そして水問題で住民との軋轢が無くなるためには切要な対策だ。
「他に僕がやる事はないですか?」
「そうだな、明日は開放式典をやる。正式にヴァイス王国の統治下になったと市民に知らしめる為の式典だ。市の代表が集まる。当然貴殿にも出席してもらうから心の準備をしておけ」
正直堅苦しい式の類いは苦手だが自分が進行するわけではないと聞いて安心する。立っているだけなら楽なものだ。
「これからの仕事は沢山あるが、まあ暫くは私もいる。基本的には私の指示で動いてくれればいい。何か聞きたいことがあれば答えよう」
「そうですね、また考えをまとめて聞くことにします。……ああ、一つだけ。捕虜の扱いはどうなるのですか?」
「身分の高い者は身代金と引き換えに本国に返されるだろう。一般兵は捕虜交換で基本的には全員返還する。情報が取れそうな者は尋問してからだがな」
「そうですか。聞き出したい事を僕から要望してもいいですか?」
「ああ構わん。尋問官に伝えておこう」
セラムは取り敢えずこの国が人道的な国であることに安心した。平和な国の出であるセラムとしては捕虜があまりに酷い扱いを受けるのは抵抗がある。とはいえ尋問が具体的にどういった手段を採られるかについては深く詮索しないほうがいいのだろう。それが想像した通りのものだったとしても、この状況で口を出すのは平和ボケというものだ。
「では今日のところはこれで休ませていただきます」
「ああ、おやすみ」
リカルド : 貴族のトップ。位は公爵、軍での階級は中将。一度は反乱の首謀者として捕らえられたが、セラムの説得により国に忠誠を誓う。




