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少女と戦争  作者: 長月あきの
第一章 第一部
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第七話 ガイウス

「うう、酷い目にあった……」


 ツヤツヤ顔のベルを伴って邸を出る。

 今住んでいる邸は城勤め時の別邸らしい。王都のすぐ側にジオーネ家の領地はありそこに家を持っているそうだが、城にいることが長い将軍は王城のはずれに邸があり、戦時下のためセラムもそこにいたようだ。馬車を使うまでもないのでベルを伴って城に向かう。

 歩きがてらこの世界の様子を見る。衛兵らしき人は鎧を身にまとい、それ以外の人の服装は様々だ。全体的に西洋風だが意外と種類が豊富で複雑なデザインも多い。


(そういえば日本語のまま喋っていたけど……)


 今更ながら違和感を感じたが、ゲームの中での言語も日本語だった。そうでなければ到底やる事も出来なかっただろうが。まあ、ゲームの世界というならばそのまま日本語が使われているのだろう。文字も日本語だったし他国も言葉が違う事は無さそうだ。

 そんな事を考えているうちに門まで辿り着く。


「こちらでお待ちください」


 衛兵に案内された部屋でセラムは不安を募らせていた。城への道中や門前で待っている時はベルが一緒だったので気も紛れたが、城の中に入る事を許されたのは自分一人。スマートフォン等の文明の利器に慣れた現代人のセラムにとって、暇を潰せる物が何も無いなか何十分も待つ事は随分と久しぶりな感覚だった。これから会うガイウス宰相の人物像を想像し、第一声と会話の流れをシミュレートし、聞きたい事の要点をまとめ終えて尚余った時間に焦燥感に似た居心地の悪さを感じた頃、漸く鼓膜を叩いたノックの音にセラムの表情が強張る。


「やあ、随分待たせてしまったね。おや、案内人はお茶の一つも出さなかったのか。気の利かん奴だ」


 そう言って初老の男性は備え付けのキッチンから蝋燭を取り出し照明用のランプから蝋燭に、蝋燭からアルコールランプのような器具に火を移す。水瓶の水をポットに入れ手際よく湯を沸かす。その所作をセラムは興味深く目で追っていた。

 マッチすら無いこの世界では火を絶やさないというのは重要である。窓もあり、まだ日も高いうちから照明が点いている意味をセラムは初めて理解した。それどころか蛇口もガスコンロも無いそのスペースが簡易キッチンであることすら今の今まで気づいていなかった。


「ハーブティーを淹れてあげよう。気分が落ち着くよ」


「お、お構いなく」


 何度もシミュレートした第一声も言うタイミングを逃し、自分より遥かに目上の人に茶を淹れてもらっているという事態にセラムは漸く気がついたが、最早遅しと腹を括り大人しく待つ。

 柔和な表情のガイウスは、遊びに来た親戚の子供をもてなす好々爺のような態度だ。だがこれから話す内容の重さを承知しつつ深刻な素振りを見せないその心遣いが、一国の宰相としての底の深みとセラムを想う人格を物語っていた。

 無言の時間はティーカップが机に置かれ、ガイウスが席につくまで続いた。沈黙を破ったのはセラムだった。


「ガイウス宰相、父が亡くなったというのは」


「やはり聞いていたかね。今日の日の出頃だったか、早馬が着いてね。残念だが……」


「ではお願いがあります」


 ガイウスは、おや? と視線を動かした。セラムが悲しんだり取り乱すのを予想していたのだ。


「お願いとは何だね」


「僕を軍議に参加させて頂きたい」


「……君はまだ十二歳だ。それに女の子だ」


「ジオーネ家当主としての義務があります」


「その歳で軍属に入る義務はない。三年待ちなさい」


 この国では十五歳で成人とみなされるため、正式な軍の入隊資格は十五歳以上である。そのためガイウスは三年待てと言った。だが将軍家に事実上職業選択の自由はなく、軍に入る事は生まれた時から義務付けられていた。セラムは怯みもせず反論する。


「今は戦時下です、宰相。規則に拘っている場合ではなく、僕に兄弟はいない。次期将軍として軍に入るのが早まっただけの事です」


「思い上がるなセラム。君が軍に入って父上の代わりになるとでも?」


「そうではありません。やらなければならない事があるのです」


 表情一つ変えず頑として譲らないセラムに、ガイウスは溜息を吐いて問う。返答次第では何と言われても許さないつもりだった。


「敵討ちのつもりか?」


「いいえ」


 セラムの瞳が初めて揺れる。それは臆病者の顔だった。


「自分と周りの人の命を守る、そのために国を救うつもりです」


 ガイウスはセラムが小さい頃から友と一緒に成長を見守ってきた。彼女のことは父親の次に理解している自負があった。それが今は彼の知らない表情で思いもよらない言葉を紡ぐ。


「……大きくなったね」


 素直に喜べる成長ではない。出来れば戦とは無縁に幸せに生きて欲しかった。だが彼女の出自はそれを許さず、過酷な運命をその小さな肩に背負わせる。

 彼女の意志は変わらないだろう。そう悟ったガイウスは心の中で神に悪態をつき、頭を切り替える。


「分かった。出来る限り協力しよう。すぐにアドルフォ副将軍に通達しておく。あと二十分で軍議が始まるからセラムも付いてきなさい」


 せめて自分だけは彼女の味方でいよう。たとえ神が敵に回ろうとも。

 大きな声で礼を言うセラムの顔を見てガイウスは心に誓った。


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