第七十三話 戦い終えて2
セラムはソファーに深く体を預けて想いを巡らせる。
思えばこの世界に来て数ヶ月、色んな事があった。戦場という地獄。自分の挙動一つで敵を殺し味方が死ぬ恐怖。過酷な行軍。初陣で何も出来なかった悔しさは一生忘れないだろう。
様々な発明や営業。あんなに知恵を絞ったのは生まれて初めてだ。昼夜を忘れ駆けずり回った。自分がこんなに仕事熱心になるなんて、かつての自分は信じないだろう。
多くの人に出会い、助けてもらった。形に残る物も、残らない物も、自分一人で成し得たものは何一つ無い。ベル、ガイウス、アドルフォ、ヴィルフレド、アルテア、カルロ、ロモロ、リカルド、バッカス、名も知らない人々、ダリオや敵でさえも誰かが欠けていたら今の自分はないだろう。
この世界に来て。
セラムは足に肘を預け手を組み顔を伏せる。
元の世界はどうなっているだろう。同僚は、友人は、家族はどうなっているだろう。もう会えないのだろうか。そう思った時。
「たー君」
懐かしい声が聞こえた気がした。もう二度と聞くことも出来ないその声。もう逢えないその人。忘れようとした、忘れることが出来なかった。……けれどこの世界では思い出すことは無かったのに。
「沙耶」
床に一滴の雫が落ちた。感情が、泪が胸の奥から込み上げ溢れだす。
「セラム少将?」
リカルドが驚いて寄って来る。
「ちが、違うんです」
これはかってにでてくるんです。そんなつもりはないんです。
そんな言葉もしゃくりあげるせいで上手く伝えられない。これはこの体のせいだ。女の、子供の体になっているせいだ。元の体なら泣くことはない。泣いたことはない。
「良いんだ。今は良いんだ」
リカルドの手が壊れ物を扱うように包み込む。
セラムは泣いた。この世界で初めて声を上げて泣いた。