第七十一話 セラムの戦いその5
メイド服の女がセラムを護るように立ち塞がっていた。
「ベル……」
「セラム様、遅くなりました。もうご安心を、これ以上セラム様には指一本触れさせません」
戦場に似つかわしくないメイド姿にセラムが安堵する。顔を腫らし服が破られ、至る所に切り傷があり血を流している、そんな主人の痛々しい姿を見てベルが怒りを通り越した絶対零度の低音でダリオを威圧する。
「貴様は百回死んでも償えない罪を犯した。手足を斬り落として吊るし燻製になるまで燻されるか、末端から順に中心部へと針で刺されるか、好きな方を選ばせてやる」
「メイド風情が偉そうな口を利くなア!」
ダリオの剣がベルの頭に振り下ろされる。ベルはそれを右の短刀で巧みに逸らし左の短刀で刺突する。体勢を崩しながらも鎧で受け流し反撃するダリオに対し、ベルはスカートをたなびかせ軽やかに躱しながら舞い斬る。
「ぐっ」
思わぬ強さにダリオが間合いを取り溜めをつくる。ベルはその動作に反応し即座に左の短刀を投擲した。肩に短刀を食らい集中を乱されたダリオにもう一方の短刀が振り下ろされる。
「くそっ」
「魔法を使う隙は与えませんよ」
激しく繰り出される攻撃にダリオが防戦一方になる。激しく打ち響く金属音。
三合、四合。
五合目に達したところでダリオの蹴りがベルの体を突き放す。その隙にダリオは肩に刺さった短刀を引き抜き投げた。
「しまっ……!」
その凶刃が自分を狙うものではないと気付いた時、ベルはダリオを殺す機会を失った。セラムに迫った短刀をベルが何とか弾いた時にはダリオは反転して走り出していた。
「今日はここまでだ! だが次は必ず殺してやる! 必ずだセラム・ジオーネェ!」
捨て台詞を吐いて北へと走るダリオ。しかしその前に大男が立ち塞がる。バッカスが大剣を手に仁王立ちしていた。
「どけい愚物が!」
「よう、女子供に手を上げるなってママから教わらなかったか?」
ダリオが怒りの形相のままにバッカスに向かって突進する。
「戦場に自ら出てきた奴に女も子供もあるかあ!」
バッカスの大剣がその重さに似合わぬ速度で薙ぎ払われる。ダリオに刀身と肩でその一撃を受け止められるも、バッカスは構わず大剣を振り抜く。ダリオの体はそのまま浮き上がり、防壁の外側へ落ちてゆく。
「っああああああぁぁぁぁ……っ!」
「……ちっ、最悪だぜ」
バッカスは切れ味の悪い大剣を肩に担ぎ心底嫌な心持ちで呟いた。
「あんな糞野郎と意見が合っちまった」
脅威が去ったのを確認しベルがセラムに駆け寄りその頭を抱き上げる。
「セラム様! 大丈夫ですか!?」
「ベル……ああ、大丈夫だ。見た目ほど酷い怪我じゃない」
「申し訳ありません、私が至らなかったばかりにセラム様をこのような危険な目に……」
「大丈夫だって、ベルはこうして守ってくれたじゃないか。僕の方こそ頭に血が上っていた。すまない」
「勿体無きお言葉。私は二度と不覚を取らずセラム様を守り抜く事を誓います」
「ベルが無事だっただけでも僕は満足だよ」
「セラム様……」
「あータイショー?」
二人の世界を構築する主従にバッカスがばつが悪そうに割り込む。
「バッカスか。君もありがとう、お陰で奴を取り逃がさずに済んだ」
「いや、こっちこそもっと早くに駆け付けてれば良かったんですが」
「状況も分からないだろうにいの一番に駆け付けてくれたんだ。助かったよ。ところで戦況はどうなった?」
「俺は外れの方の残敵狩りに参加してまして、持ち場にいた時にゃあまだ中央は戦闘中でしたが……」
街の中心部から大きな鬨の声が聞こえる。バッカスが親指で示しながら片眉を上げて笑った。
「どうやら終わったようですぜ」
「そうか」
中央広場を制圧したのならあとは敵勢力の拠点となっている北部の防壁にいる敵を押し出せば制圧完了するだろう。セラム隊は十二分の働きをしその存在感を知らしめた。この先は本隊の仕事だ。
「終わったんだな」
セラムはベルの膝を枕にして空を見る。蒼い蒼い晴れやかな空だった。




