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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三部
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第七十話 セラムの戦いその4

 情けない事かもしれないが、自分を殺しても構わないと本気で思っている相手が怒気をはらんで剣を振り回してくる恐怖に、セラムは身が竦んで動けなかった。チンピラが「殺す」と叫んで突き出した刃物、そんなものが幼児の虚勢に思える程に本物の狂気は凄まじく、セラムの冷静さを吹き飛ばした。

 動けなかったのが却って良かった。ダリオの剣の腕が確かなものだったのも幸いした。セラムは何度も斬り付けられるがそれは全て軽鎧の留め革や服を狙った物で、セラム自身が負った傷は深くない。


「貴様は楽には殺さん! 殺してくれと請うてくるまで長い年月をかけて責苦を負わせてやる!」


 軽鎧が地面に落ち服がボロボロになって漸くダリオはその剣を収めた。

 セラムは泣いていた。こんな奴に屈するのは嫌だ、そんな意思に反して涙が勝手に流れ出る。その情けない姿に少し溜飲が下がったのか、剣を鞘に収めたダリオが一歩近づいてセラムの腹をその拳で殴った。


「おごおっ」


 セラムの体が崩れ落ちる。ダリオは更に突き倒してその小さな体に馬乗りになる。どかそうにもセラムの力ではびくともしない。こんなに自分の非力さを呪った日は無い。

 ダリオは下品な笑みをその顔に張り付け言った。


「大人しく俺に付いてくるかね?」


 その勝ち誇った声にセラムは……率直に言ってムカついた。

 昔から居丈高にくる相手にほど食ってかかった。いけ好かない相手には、誰が思い通りにしてやるもんかと意地になるタイプだった。ここで従って見せればこの男は征服欲が満たされてこの場ではこれ以上酷い事はしないだろう。状況を上手く利用すれば時間稼ぎも出来るかもしれない。

 だが例え嘘でもこんな男を悦ばせるのは御免だ。だからセラムは嘲笑った。


「逆境こそが人生だ」


「あん?」


「誰が従うかよこの腐れチンポっつったんだよ」


 ダリオの顔が醜く歪む。拳がセラムの顔にめり込んだ。


「誰がっ、何だってっ? こんな状況でっ、大した口きくじゃねえかっ」


 ダリオは防御した腕の上から構わず何度も殴りつける。

 痛い。痛い。

 だが肉体的こんな痛みは大した事じゃない。こんな下衆の言う事に従う痛みの方がよっぽど辛い。


(このまま殴られ続ければ助けが来るまでの時間稼ぎになるな。それまで命が持てばいいが。この程度、死ななければ安い。……にしても何だろうな、漸く僕も戦争に参加してる気分になってきたよ)


 今迄は指揮官という立場上後ろで命令するだけだった。決して安全な場所にいたわけでもないが、前線の兵士が命を懸け、大怪我を負って帰ってくるのに対して自分は無傷のまま平気ではいられなかった。だから今最前線で戦っている兵士達と一体感を感じる。惜しむらくはこんな戦況に影響しない外れで助けを待つしかないという事だが、セラムは自分が感じる痛みと向けられた憎悪に歪んだ喜びを感じていた。

 その相手のダリオは、その質こそ憎しみだが深い情念をセラムに抱いていたのだろう。すぐにでもセラムを担いで逃げた方が良いだろうに、状況も忘れてセラムを殴り続けている。その感触が、セラムの腫れた顔と痛みで歪んだ表情が嗜虐心をそそられるのだろうか、ダリオの股間が固く大きく張っている。


(勃起してやがる。この狂人が

 殴られる内にセラムの意識が朦朧となり動きが緩慢になる。それでも頭だけは守ろうと腕を上げる。その時、ダリオの拳がセラムの服を引っ掛け、ボロボロだった服が大きく裂けて胸が露になる。その小さな膨らみにダリオの喉がごくりと鳴った。


「女に生まれた事を後悔させてやる」


 その低い声音は氷を背に押し込まれたようにぞくりとさせた。ダリオの手がゆっくりとセラムの喉と下半身に伸びる。

 ごつごつした指の感触を下腹部に感じた時、セラムはさっきまでの死に近づいていた時とは比べ物にならない恐怖を感じた。

 セラムは泣き叫んだりはしなかった。この男を悦ばせるだけだと知っていたから。伸びてくる手を防ごうともしなかった。力で敵わない事を知っていたから。だからただその手をダリオの腰に回した。


(動け、速く動け僕の体! 奴が気付く前に!)


 セラムの手がダリオの腰に差さっていたナイフに伸びる。焦りを何とか抑えながら気付かれる事無くナイフを抜き放ち、そのままダリオの太腿に思いっきり刺した。


「っあー!」


 一瞬ダリオの腰が浮いたのを見逃さずセラムが滑り逃れる。


「元々女に生まれたわけじゃないっての」


 セラムがそのまま走り抜けようとする。が、そこまでだった。セラムの目の前に地面が起き上がってきた。そんな錯覚をするほど平衡感覚がいかれてしまっていた。散々殴られ限界がきていた体は膝から崩れ、碌に受け身も取れずその体は地面に投げ出されてしまったのだ。


「ぎっさまあっ」


 怨嗟の声が迫る。セラムが何とか首を巡らすと、ダリオが血走った目で覆いかぶさってくるところだった。


「その手足を斬り落としてやれば大人しくて良い玩具になるかなあ!」


 ダリオが剣を抜く。セラムは必死でもがこうとするがその手足は痺れて動かない。痛みを覚悟してきつく目を閉じたその時、聞きなれた声が聞こえた。


「ではその汚い手足から斬ってさしあげます」


 鉄と鉄が激しくぶつかり合う音がした。セラムが目を開けると、そこにダリオの体は無く、代わりに紺色の布がふわりと広がった。

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