第六十八話 セラムの戦いその2
背後からの衝撃音が鼓膜を叩く。どうやらダリオが扉に体当たりを始めたらしい。
「早くしないと」
扉は木製だ。それに以前ジオーネ領の領主館で見た通り、一般的に普及している扉のヒンジは釘で留められており、現代日本の物と比べてあまりに貧弱だ。ジオーネ領で量産しているボルトも、グラーフ王国に占領されているヴィグエントには当然ある筈も無い。
セラムは室内を片っ端から探すが、目的の物は見つからない。
「ここまで来て弓が無いなんて……!」
セラムが剣なぞ持っても何の役にも立たない事は先程証明されたばかりだ。だからこそ腰に差さった一本の矢が頼りだった。だが射出器が無い事にはそれも無用の長物だ。
セラムは弓の代わりに壁に掛かったクロスボウに目を付ける。ヴァイス王国産の質の良いロングボウは全て防衛の為に持っていかれてしまい、代わりにクロスボウが余っているのだろう。そういえばダリオも複数のクロスボウを持っていた。あれはロングボウより狙いが付け易いのと、複数の装填済みのクロスボウを一発撃っては持ち替える事でロングボウよりも連射性能を上げる目的だと思っていたが、単純にクロスボウしか余っていなかったという理由もあるのかもしれない。
クロスボウの内の一つを手に取り仕組みを確認する。弦が張っていないのではないかという心配があったが、流石に実戦で使う物らしく常に弦は張ってあるようだ。後は弦を引いて矢が装填できれば良い。どうやら伸ばした鐙あぶみに足を掛け背筋で引っ張る事により弦を引く型のようだ。セラムは鐙をしっかりと踏みしめ力一杯引っ張ってみるが、とてもではないが弦を引ききる事が出来ない。
「くそ、この体はなんて非力なんだ」
他のクロスボウを探す。セラムはその中に滑車のような物が付いているクロスボウを見つけた。クレインクィンといって、取っ手で歯車を回して弦を巻き上げる新しい型のクロスボウである。
「これなら……!」
セラムはそれを壁から下ろし取っ手を回す。パチリと音がして無事弦が巻き止まる。問題は手持ちの矢がロングボウ用の物であり、クロスボウに対して長すぎるという点だ。この矢が飛ばせなければ意味が無い。
一際大きい破壊音が轟いた。最早考える時間は無い。クロスボウをベルトに引っ掛けセラムが部屋を出ると、ダリオがとうとう扉を壊して入ってきたところだった。
「随分手間を掛けさせてくれるじゃないか小娘ェ」
「くそ」
このままでは袋の鼠だ。セラムは螺旋階段を駆け上り距離を取る。
「今度は追いかけっこ再開か? 楽しませてくれるなあ」
追い立てられながらひたすらに上る。後ろからの下卑た笑いに反応する余裕も無い。三階分くらいの高さを上っただろうか、螺旋なので正確な所は分からないが相当な高さに達しただろう頃に出口を潜った。即ち防壁の上に出たのだ。
セラムの髪が風に遊ばれる。閉塞感からの解放と共にセラムの目に飛び込んだのは、誰もいないという絶望だった。
あわよくばこの辺りを制圧した味方がいるのではないかという淡い期待は儚くも打ち砕かれた。




