第六十七話 セラムの戦い
(そうやってあいつが油断してる間に何とか打開策を考えないと)
しかし仲間と合流するような方向に行こうとすれば剣先が飛んでくる。それから逃れるように進めば進む程広場からも中心地からも遠ざかってゆく。
「どうしたどうしたあっ。足を止めたら刺さっちまうぞ!」
「ぐっ」
セラムを急かすように剣先が体を浅く刺す。痛くとも泣き言を言って下衆を喜ばせる気は無い。声を我慢しつつも手を考える。
以前来た時は門前の広場とその付近だけにしか行っていない。土地勘は無く、どこに何があるのかすら分からない。周りは見渡す限り家ばかり。しかし戦争中のこんな時に叫んだところで助けてくれるような奇特な人間がいる筈もない。
(こんな中で利用出来そうな物なんて……)
いや、一つだけあった。今見える建造物の中で一つだけ。
防壁。
(あそこにならきっとアレがある筈だ)
セラムは街の外周に向かって走る。全速力でこんな長距離、元の体だったら既に息が切れていただろう。だがダリオは悠々と追ってくる。大人の男の足の長さと鍛えられた兵士の体力に勝てる程のアドバンテージは無い。
(どこかで引き離さないと)
防壁はもう目前だ。ヴィグエントの防壁は厚く、要所に備えられた塔の中は兵の詰所の役割を兼ねている。王城にも似たような構造があったので、この規模の防壁ならば兵舎は必ずあるとセラムは確信していた。問題はその扉を開ける間にダリオに捕まってしまうだろうという事だ。
「そこの人、助けてください!」
「何っ?」
最後の辻を通り過ぎる最中にセラムが唐突に横に向かって叫ぶ。当然その方向には誰もいない。だがダリオは反応してくれた。その一瞬の隙にセラムは扉を引き開ける。今は有事であるから錠が掛かっていない事は予想していた。万が一錠が掛かっていたらと思うとぞっとしないが、幸運の女神はセラムに微笑んだ。
「この小娘っ……」
塔の中に滑り込んだセラムを捕まえようと伸ばしたダリオの手ごと思いっきり扉を閉める。
「っあああああ!」
巻き込んだ手が引っ込んだ隙に扉を閉め直し内側から閂を下ろそうとする。が、建て付けが悪く焦って震える手では中々閂が回らない。
「はまれっ、はまれっ」
鉄と鉄がぶつかる音が虚しく響く。扉の向こうで怒気が取っ手に伸びる気配がする。セラムは必死の思いで取っ手を引っ張りながら閂を回す。
カチャリ。
閂が下りた音と同時に扉が激しく揺れる。一瞬の差で錠を掛ける事に成功し、セラムは全身から冷や汗が吹き出るのを感じた。
「くぉの糞餓鬼があっ! くそ! 開けやがれ!」
扉の向こうでくぐもった怒声が聞こえる。
これで暫く時間が稼げる。セラムは一息吐いて中を見回す。もし兵士が残っていたら終わりだったが、どうやら無人のようだ。塔の中は思ったより広く、いくつかの部屋と上へと続く螺旋階段がある。
セラムは急ぎ片っ端から部屋を開ける。三つ目でお目当ての部屋が見つかった。そこは武器庫だった。この塔は見張りや防衛の要の役割をしているのだから、兵舎と共に備えられているだろうと見当を付けていた。