第六十六話 ダリオ・アバッティーニその2
ダリオは妾腹の子だ。しかし最初から父親に疎まれていた訳ではなかった。
事の発端は五歳の時、初めて魔法で火を出してみせた事だ。ダリオとしては「こんな事が出来る」と父親に自慢したかった……いや、子供心にこうすれば褒められると思っていたのだ。
しかし父親から飛んできたのは、褒め言葉ではなく鉄拳だった。
魔法使いは魔族の子孫。故に汚らわしい血統。今ではそんな差別も鳴りを潜めたが、それでも血統を重んずる貴族社会ではやはり魔法使いは望まれぬ子だった。当然、貴族の嫁となれば魔法使いはいない。しかし、ルイス侯爵の妾であった女性はその出自を隠していた。元々望んでルイスと関係を持った訳ではない。その上魔法使いと知られば只では済まないと分かっていたのだろう。
このまま何事も無く過ぎれば、アバッティーノ家も、ダリオも、その母親もまだ平和だった。しかし、皮肉にもダリオの魔法の才は抜きん出ていた。誰に教わる事無く子供ながらに魔法を行使してみせる程には。
それ以降父の態度は冷たくなった。その上正妻の間に男の子が生まれると、いよいよもってダリオは用済みとされた。
そんな中居場所を見つけたのが軍隊……いや、エルゲントの下だった。だがエルゲントはもう居ない。そしてダリオの居場所はアドルフォと、他ならぬエルゲントの娘に壊されたのだ。
ダリオの顔が醜く歪む。セラムは急ぎ隣の伝令兵の死体から弓と矢を取ろうとするが、そうはさせじとダリオが剣を振りかざし走り込んでくる。セラムは焦りながらも矢を一本抜き取るものの、弓の方は襷掛けに引っ掛けてあるせいで外す事が出来ない。
「はあっ!」
ダリオの剣が一閃し死体ごと弓の弦を両断した。一瞬早く飛び退いたセラムが転がりながら体勢を立て直す。その手には抜き取る事に成功した一本の矢のみ。仕方なく弓を諦め、その矢は腰に差して指揮刀を抜き放つ。
「どうしたあ。剣先が震えているぞ」
無理もない。相手は仮にも元副将軍。こちらは剣道ですら中学校の体育以来やった事の無い素人だ。無論斬り合いも殺し合いも経験が無い。
「くくく、無様だなあセラム・ジオーネ。安心しろ、貴様はすぐには殺さん。たっぷりと痛めつけて楽しんでから殺してやる」
セラムの体が震える。日本の不良共が軽はずみで使う「殺す」という台詞には無い本気の凄みがそこにあった。
「どうした、随分寒そうじゃないか。くくく、気が変わった。犬として飼われるのなら命だけは生かしてやってもいいぞ」
「……下衆が」
セラムが口角を上げてみせる。虚勢はそれが精一杯だった。
ダリオが再び走り寄る。薙ぎ払う剣を何とか刀身で受けようとするも逆に打ち払われ、いとも容易く指揮刀が宙に舞う。
「くっ」
セラムは踵を返し走り出す。
「今度は鬼ごっこか。いいだろう、偶には小娘と遊ぶのも悪くない」
セラムの無様な姿に嗜虐心をそそられたのか、ダリオはすぐに捕まえるような事はせず付かず離れずの距離を保つ。子供の女と大人の男の足だ。その気になればすぐにでも追い付くという余裕がそこにはあった。




