第六話 現状その2
「……ガイウス宰相とエルゲント将軍直属の部下ならば味方になっていただけるでしょう」
予想通りではあるがやはり厳しい。
「もちろん、我々メイド隊も」
ベルがふわりと微笑んで付け加える。セラムの渋面が和らいだ。
「敵ではないという意味ならば、ガイウス派の政務官の方々。貴族はどう動くか分かりかねます。それと将軍旗下のヴァイス王国軍といえど一枚岩ではありません。特に二人の副将軍の内、ダリオ副将軍にはお気を付けください。彼は名門の出ではありますが、自尊心が高く小心者。エルゲント将軍も扱いに困っておりました。今は防衛戦に従軍しているはずです」
「もう一人の副将軍はどうだ?」
「アドルフォ副将軍はエルゲント将軍を慕う者です。実直な性格で指揮能力も高く信頼できます。セラム様も幼い頃会っている筈ですよ。こちらは城の防衛を任されております」
大体の状況は把握できた。ゲーム通りに進めるのならばここから何とかして軍権を得なければならない。
いっそ何もかもから逃げ出すというのは……却下だ。
今の状況はエンディングまでの細い道を松明一本で歩いているようなものだ。脇に逸れればたちまち暗闇に閉ざされ、どこに落とし穴があるか分からない。
「ベル、情報は集められるか」
「はっ、どのような情報でしょう」
ベルはジオーネ家のメイド長だが、昔とある事情でエルゲント将軍が拾ってきたゼイウン公国のある有力武家の娘である。彼女の元配下もジオーネ家で匿っており、その諜報力はゲーム中何度もお世話になったのだ。
「有力貴族のリストを書いてくれ」
ベルは頭の上に小さな疑問符を浮かべながらも、二十名ほどの名前を書き出す。
セラムはその中から目当ての名前を見つけると、その横に印をつける。
「このリスト全員の動向を調べてくれ。特にこのリカルド公爵、ヴィゴール侯爵、ルイス侯爵の三人は徹底的に頼む。どんな小さな情報でもいい。家族構成、金の出入りから飼っている犬の名前まで全てだ。ああ、情報にはその情報源と五段階で確定度の記載を徹底するように」
「……公爵はわかります。最上位の貴族で影響力が強いですから。他の二人は何故でしょうか」
「勘、としか言えない。どうか頼む」
「承知しました」
「では城に行く」
と、ここでセラムは寝間着らしいワンピース姿のままだったことを思い出した。ベルはというと既に部屋から出てメイド隊に指示を出しているらしい。
女の子の着替えはどうすればいい、などと誰かに聞くわけにもいかずしばし固まる。恐る恐るタンスに手を伸ばし、盗人のような心持ちで引き出しを開ける。
(……紐パンとドロワーズ)
Oh……。
セラムの口から変な声が出た。慌ててワンピースの中を確認する。白のスポーツブラのようなものと白い紐パンを身につけていた。
「ま、まあ下着はそのままでいいよな。そのままで」
もしパンツを履き替えでもすれば苛まれる罪悪感に打ち勝てる自信がない。
「ていうか紐って……」
言いかけたところでこの世界にゴムがあるかどうか怪しい事に気が付く。無ければ紐状のもので留めるほかないだろう。むしろ元の世界の物に近い形状の服がある方が不思議なくらいだ。
その引き出しはそっと閉めて改めて服を探す。
(城に行くのなら正装だよな。この服あたりでいいのだろうか?)
(これどっちが表だ?)
(この布切れはどこにつけるん?)
(ていうかどうやって着るの?)
トントン、とノックの音が室内に響く。まるで悪い事をやっているような心境だったセラムは必要以上に慌てた。
「わあ!」
「どうしました? セラム様!」
何事か、とドアが乱暴に開かれる。そこには下着姿のまま服を抱え涙目のセラム。
ベルの鼻から赤い噴水が飛び散った。
「お着替えですか。手伝いましょう」
「ベル。血、ちー!」
「これは失礼。鼻からパトスが溢れてしまいました。それよりお着替えを」
「大丈夫、自分で出来る!」
「それにしては随分と苦戦されている様子。さあ、私に身を任せて」
「なんか怖いよ!」
「痛いのは最初だけです」
「何をするつもり!?」
「先っちょ、先っちょだけだから!」
「た、た~すけて~! あ、あ、ああ~!」
着替えは無事出来ました。
「うう、汚された……」