第六十四話 ヴィグエント奪還戦その3
炎は思ったよりも大きく燃え上っていた。戦闘中にも拘らず民間人の姿が見える。焼け出された人や家の中が安全ではないと思い逃げ出した人が何人もいるようだ。
セラムは広場に着くとざっと状況を把握し連れ立ってきた兵に指示を飛ばす。
「工兵は消火活動、四個小隊で水と砂を掻き集めろ! 二個小隊で火消し、残りで周りの建物を壊して類焼を防げ! 歩兵は民間人を保護、誘導! 怪我人はここまで運んで来い! 医療兵は民間人の治療を優先、騎兵で重傷者を後方に運べ!」
兵士が慌ただしく走り回る。戦場での救護活動、柔軟な対応が出来たのはセラム隊が特殊兵科を多く抱える混成部隊だったからこそだ。
「くそ、民間人を不必要に巻き込むのは反則だろうが!」
現代の戦争の多くには協定があり、非戦闘員の虐殺は禁止されている。が、この戦争には協定なぞ存在しない。あまりに非人道的な行為は暗黙の了解で控えているが、それも人と場合によりけりに過ぎず、破ったからといって何か罰則があるわけでもない。そもそも現代の戦争ですら協定が守られない現場が存在するのが現実だ。敵に文句を言うのはお門違い、それが分かっていても悪態を吐かずにはいられなかった。
「セラム様、あまり守備兵を減らされますと御身の危険が増します」
「構うものか。今この状況で遊ばせる兵はいない。なに、最前線に出ようってんじゃないんだ。大丈夫さ」
ベルの忠告も今のセラムには聞き入れられない。とはいえ広場周辺はヴァイス王国軍の支配領域になっている。差し迫った危険があるわけではなかった。既に西の砦は陥落し、本体が此方に向かっている。怖いのは東の砦の動向だが、そちらの対処はヴィルフレドの騎馬隊に任せてある。ここでセラム隊が追い返されでもしない限り奪還は時間の問題と言えた。
「寧ろここで僕が指揮する事によって奇襲で門を閉ざされる危険性が少なくなる。司令塔が生きていれば街の中で孤立しても何とかなるからね。兎に角今は街の安全を確保する事だ。それが支配領域を固める事に繋がり、ひいては突撃部隊の掩護にもなる」
ベルはセラムからヴィグエントに対する並々ならぬ思いを感じた。初陣で何かあったのだろうとは推測出来るが、それがセラムの判断を曇らせてはいないかと不安になる。しかし突撃部隊を孤立させない為に司令部を前線に置くというセラムの弁には特に反論の理由が無い。
(何があっても私がセラム様を守ればそれでいい)
ベルはセラムの判断に反対する事は無く、抜身の二刀を両手に握りしめ頷いた。
突撃部隊は中央広場で敵の主力との戦闘に入った。後は敵を釘付けにすれば勝利は確定的なものになる。消火活動も粗方終わり、外に出ている民間人もいなくなった。いよいよこの戦闘も大詰め、ここまでくればセラムが直接戦闘指揮をする必要も無い。
「よし、要救助者がいないか見回ろう。僕も行く」
「私も行きます」
「自分達が護衛します」
隘路の村で伝令と護衛役を務めていた二人の兵士がセラムとベルの両脇を固める。四人は瓦礫に埋もれた人がいないか、火種が残っていないかを隈無く見てゆく。
目を皿のようにして瓦礫の山を見ていたセラムがそれを発見する。よりにもよって彼女が見つけたのは一番人命を重視していたからか、それとも運命の悪戯……いや、この世界の神とやらのお遊びだったのかもしれない。
「おい、手を貸してくれ。瓦礫から人の手が見える」
他の三人も駆け寄り、一時的に武器を収める。弓を持っていた伝令役の若い兵士は襷たすきを掛けるように弓を体に引っ掛け瓦礫の山に張り付く。
「よし、瓦礫をどかしてくれ。僕は手を引っ張ってみる」
セラムが思い切りその手を引っ張る。妙に軽い感触に、勢い余って尻もちをついた。
「いってて……」
予想外の事に何が起こったか分からず、状況把握に数瞬を要した。ベルがセラムの方を向いて驚愕の色を浮かべている。護衛の一人は伝令役の若い兵士の方を向いて緊張した顔を浮かべていた。若い兵士は……その口から矢が生えていた。
その後はまるでスローモーションのように時間が流れた。セラムは自分の手が握っていたモノが人間の腕のみであった事に気付き青ざめる。護衛の男が背後を振り返ると同時にその頭を射抜かれた。




