第五十八話 隘路の村攻防戦その3
「音が出る矢を作って欲しいんだ」
そうセラムに言われたロモロはまた無理難題を持ってきたかと内心思った。が、その薄い微笑みに心を見透かされたように感じて生唾を飲み込む。
「……領主様は笛の構造をご存知ですかい?」
ロモロは自分の言葉に若干の驚きを隠せなかった。まるでこの小さな領主様の考えを自分の口が勝手に述べているようだ。
「あれは息を細い口から吹き込む事で音色が出ます。矢は風を切り飛ぶ物、風という息吹を矢尻に受けていやす」
これは自分の意志で言っているのか、それとも目の前の少女が言う筈の言葉を言わされているのか。ロモロは半ば前後不覚に陥りながらも口の動きを止める事は無い。
口から矢継ぎ早に出る言が具体的な形となってロモロの頭に浮かび上がる。
「つまり矢尻の形を工夫すれば何かをするでもなく矢を放つだけで音が出るかと」
セラムが納得する答えを得たように頷く。ロモロはその小さな少女が放つ威から解放されたように感じ冷や汗が吹き出た。
少女が笑った。天使の声音で悪魔の言を吐く。
「親方その矢、鏑矢と名付けよう。きっと戦場にて重要な兵器となる」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鏑矢の音を合図に弓兵が矢を放つ。荷台から五歩下がった位置から斜め四十五度に放たれた矢が敵陣に突き刺さっていく。
セラムは交互に望遠鏡と肉眼で敵陣を確認する。忙しく動かす目が敵陣の真ん中、態勢を立て直し矢や盾を構える敵の中で、唯一馬上で剣を動かす人間を捉えた。
「お前が敵将か」
その剣がこちらに向いた事を確認しセラムが短く叫ぶ。
「伝令兵、鏑矢!」
左横の兵が素早く第二射を放つ。前の方の弓兵達は一斉に前に走り荷台に張り付く。その他の兵は出来るだけ物陰に隠れ盾を上に構えた。
セラムは身を縮め、右横の兵が大盾を構えてその身を守る。その盾に、天井に、降り注ぐ矢の雨が突き刺さる。左横の伝令兵の盾に矢が突き立ち「ひいぃ」と若兵が声を漏らした。
「怖くない!」
セラムが大声を出し鼓舞する。矢の音で殆どかき消されただろうが伝令兵は口を引き結んだ。
「さあ、第二段階だ」
荷台に身を隠した弓兵はその隙間から敵に向かって矢を放つ。背の高い荷台が盾になって降ってくる矢は当たらない。こちらは細い隙間から真っ直ぐに矢を射るだけでいい。狭い所から広い所へ射る分には何の障害も無いが、広い所から狭い所へ射抜くには相当な技量がいる。
「さあ、こちらには何の被害も無いぞ。向かって来い、殺し放題だ!」




