第五十七話 隘路の村攻防戦その2
セラムは村に着くと敵襲と告げ村人を避難させる。先の援助物資は先払いの詫び賃の意味合いもあった。
大急ぎで工兵達が戦いを開始する。草が深い所に杭を打ち縄を張り、建物に梯子を掛け、山側と川側に簡易的な柵を組み立て、要所要所に馬車を運び馬だけを外す。この荷台を少しずらせば通路を塞ぐ形になる。
セラムは事前に見た地勢を頭に思い浮かべ弓兵を配置する。
「セラム様、私がお傍でお護りを」
「いや、ベルは後ろに下がっていてくれ。護衛役なら大盾を持っている彼にお願いしてある。今回の戦いでは矢の応酬になる筈だからね」
「そうですか……。かしこまりました。それではお気を付けくださいませ」
ベルが存外素直に下がる。彼女とて弁えている。役には立ちたいが今ここに彼女の役割は無いのだ。
工兵の一人がセラムの元に駆け寄る。
「味方、来ました!」
「よし、全軍避難したのち封鎖」
荷台には車輪に棒が差し込まれる仕組みの手動式制動装置が組み込まれており、入り口は後方だけでなく左側からも開けられるように改良されている。中身は殆どが矢弾だ。荷台に隠れながら矢を補充出来る仕組みである。
カルロ達が一気に村の後方まで駆け抜けた後に村の道全てを複数の荷台で塞ぎその後ろに弓兵を配置する。簡易陣地の完成である。
セラム自身は村で一番高い建物の天井に梯子で上り懐から筒を取り出した。ガラス職人を急かして作らせた望遠鏡である。
この世界には眼鏡は一部の金持ちが使っているが望遠鏡はまだ発明されていなかった。二枚のレンズを組み合わせるという発想が無かったのである。
セラムは子供の頃双眼鏡で物が大きくなるのが不思議で、玩具のようなオペラグラスを壊して中身を見た事がある。その仕組みがガリレオ式と言われる物だとはのちに知った事だが、それは単純だからこそ子供にも理解が及び、感動したものである。あの時は親にこっ酷く怒られたものだが、今になってその経験が生きるとは思いもよらなかった。
いつかは現代の双眼鏡や顕微鏡のような性能の物を作りたいものだが、取り敢えずは質の悪いガラスが嵌め込まれた単眼鏡が一つ。これも職人に無理を言って何とかできた、数ある失敗作の果ての成果である。もし量産して伝令兵に行き渡れば戦術の幅も広がるだろうが中々に難しい。
セラムは望遠鏡を覗きこむ。視野は狭いが遠くの物が確かに大きく見える。これにより戦場の目となり、荷台で阻まれ視界を失った弓兵を導く算段である。
セラムの右隣には大盾を持った屈強な兵、左隣には弓と大盾を持った若い兵がいる。その弓兵にセラムは言った。
「伝令兵、目標有効射程内まで……あと三、二、一、ゼロ!」
戦場に甲高い音が鳴った。




