第五話 現状
ヴァイス王国の周りには東にノワール共和国、西にゼイウン公国、北にグラーフ王国がある。ヴァイス王国は比較的小国であるものの、レナルド国王の巧みな外交手腕と交易により軍事力に勝るゼイウン公国と同盟関係を結び、近隣諸国との均衡を保ってきた。だが北のグラーフ王国がその西にあるモール王国に戦争を仕掛けた事により周辺諸国に緊張が走る。特にグラーフ王国ともモール王国とも隣接しているゼイウン公国はこの事態に危機感を覚え、グラーフ王国に非難声明を出した。
「なぜグラーフ王国は侵略戦争を仕掛けたんだろう」
ここでふと疑問に思ったセラムが独り言ちる。ゲームでは「戦争を仕掛けた」の一言で済まされていた部分である。ゲームは一人称で進行していったため多くの背景が解明されていなかった事に思い至る。
「グラーフ王国は土地こそ広いものの寒い地方のため食料資源に乏しく、産出される鉱物資源の多くを軍事にまわしていました。モール王国の保有する港は長年求めていたものだったでしょう。また、ここ最近モール王国は失政が続き、外交的に孤立していたことも要因の一つと思われます」
ベルの補足になるほど、とセラムが頷く。グラーフ王国は狩りをする獅子のように辛抱強くチャンスを待ち続けていたのだろう。遅かれ早かれいずれかの国がその牙にかかっていたという事だ。
そしてその牙は予想以上に鋭利であった。グラーフ王国は瞬く間にモール王国を併呑。脅威と見たゼイウン公国はヴァイス王国、ノワール共和国に打診。対グラーフ王国包囲網を形成する。
本格的な大規模戦争の始まりである。
同時期、ヴァイス王国でも重大事件が起こっていた。レナルド国王が病に伏したのである。それでも王の親友であり、名将と謳われたエルゲント将軍はその影響力を遺憾なく発揮し、貴族諸侯をまとめ上げ、ガイウス宰相と協力して国を守った。少なくともエルゲント将軍がいれば国が傾くことはない、そう思われていたのである。
それが先日の事……。
「エルゲント将軍……いや、お父様が亡くなられた」
奇襲を受け混戦の中、流れ矢に当たったそうである。
ゲームではこの後あれよこれよという間にセラムが将軍に祭り上げられ、それを快く思わぬ貴族達が謀反を起こし、最初の戦闘パートが始まる。チュートリアル的な意味合いが多分に含まれていたステージだったが、果たしてそんな簡単にいくものだろうか。
ゲームだから、と流していたが、そもそもセラムはこの時点で十二歳という設定である。現実的に考えれば誰がそんな子供に軍を任すものか。よしんば軍権を得たとしてそんな国についていこうと考える貴族が何人いる?
考えているよりずっと大きい戦争になるんじゃないか?
ここで座していて事態は進展するのか?
何も為さないまま亡国の将軍の娘として処刑されるんじゃないか?
セラムの脳裏にギロチンにかけられる自分の姿が浮かぶ。
駄目だ。行動しなければならない。
「まずは現状の確認がしたい。一つ、この国における軍の形態。二つ、今の戦況。三つ、僕もしくはジオーネ家についてくれる味方は誰がいるか」
「はい、この国の軍隊の最高責任者は当然ながら王様です。そして軍を束ねるものとして将軍がいます。その下に各貴族がそれぞれに兵を持っています。兵の種類は大きく分けて三種類。王様直属の近衛兵、将軍を長とする常備兵、貴族達が持つ半農半兵の駐屯兵。小規模の戦闘では各地方の貴族が対応、場合によっては常備兵も派遣します。大規模な戦闘の場合将軍自らが指揮を執り、地域や規模によって各地の貴族達から兵を供出してもらいます。貴族も同じく戦地に赴く事もあります」
「なるほど、つまり今現場は絶望的なわけだ」
貴族からしてみれば自分の領地以外の戦闘はあくまで協力してやっているといった心境だろう。上手く手綱を取れる人間がいるうちはいいが、エルゲント将軍がいない今、軍の士気は推して知るべしだ。無論、彼らとて国に帰属しているわけだから好き勝手な行動をするわけではないと思うが。
「二つ目の戦況についてですが、これは城に行った方が早いでしょう。普段からセラム様を可愛がってくださっているガイウス宰相であれば無下にはされないはず。ご多忙ではあると思いますが、セラム様にとってもかけがえの無いお父様についてとあれば時間を割いてくださるでしょう」
「わかった」
「そして三つ目ですが……」
ベルは顎に手を軽く当て深く考え込んだ。
「気遣いなら無用だ。事実のみを端的に言ってくれ」
「……いつの間にかご成長なされましたね。あまりにご様子が違うので少々心配ではあるのですが」
「すまない、さっきも言ったが記憶が混乱していて昔の自分を思い出せないんだ。き、記憶喪失ってやつかな。心配をかける」
ゲーム中に主人公の振る舞いは見ているはずだが、正直そこまで演技する余裕はない。付け焼き刃の物真似よりはいっそ開き直ってしまった方が面倒くさくないだろう。