表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
58/292

第五十四話 出陣

 いよいよだ。

 この日の為に準備をしてきた。情報を集め、装備を整え、練度を上げてきた。それでもやはり不安になる。元より戦争など作戦通りにいく方が珍しい。だからこそ運以外の全てを塗り潰すのだ。その為のペンはいつも細く、潰し忘れが無いか何度も確かめたくなる。

 だがこれ以上時間を掛けるのは相手を有利にするだけだ。

 出発前にアドルフォが掛けてくれた言葉を思い出す。


「戦場では常に心の中に二割の不安を残しなさい。それがなければ大事な事を見落とす」


 セラムは後ろを振り返る。そこには整列した兵士達。皆緊張の面持ちで号令を待っている。


「皆の者、待たせた。我らはヴィグエント奪還に向けて発つ! 出陣!」


 地を揺るがす雄叫びが返ってくる。セラム率いる混成部隊二千、ヴィルフレド率いる騎馬隊一千、リカルド率いる本隊五千。総勢八千のヴィグエント攻略部隊が出陣した。

 まずはセラム隊が先遣部隊として行軍する。この部隊は工兵や医療兵、学者等の非戦闘員、準戦闘員が三割も含まれる、この時代としては異例の編成であった。そんな部隊が先頭なのもやはり作戦である。


 この戦闘におけるヴァイス王国側の条件は正直かなり厳しい。

 まず北部の穀倉地帯がグラーフ王国の占領下に置かれているため、動員兵数は八千が限度だった。それ以上は食料が持たない。通常の戦争ならば略奪によって糧秣を賄うところだが、元々はヴァイス王国の領土。グラーフ王国からの解放という大義名分のもと行軍しているのだから当然略奪は禁止、現地調達にも限度がある。

 そして攻撃目標のヴィグエントも元ヴァイス王国の都市。これもまたなるべく破壊せずに奪還せねばならない。通常であれば包囲戦により陥とすところだが、都市の規模からいえば兵数は最低でも二万は欲しい。その上敵の増援や食料問題を考えると長期戦は避けたい。


 真っ当に戦っては勝てない。これが軍上層部の出した結論だった。ならば真っ当には戦わない、正確に言えば今までの戦争のやり方はしない。それがセラムの提示した作戦だった。

 それでも真っ向からの殴り合いは必ず起きる。その為の部隊がリカルドの五千。セラムの役割の一つはこの五千を疲弊させずにヴィグエントまで辿り着かせる事にある。

 やがて小さな村落が見えた。セラムが地図と照合する。川と山に挟まれた隘路あいろの村、今日の目的地だった。


「皆、野営の準備を始めろ。数名は僕と村に入る。補給部隊は物資を村に運べ」


 この村はヴァイス王国が引いた第三防衛線よりグラーフ王国側にある。村の感情としては国に見限られたと思っていることだろう。まずは通り道にある村落の信頼を取り戻す。背後の民が敵になる事ほど恐ろしいものは無いのだから。

 小さな村だ。ここまでグラーフ王国の兵が来ることは無いらしく、寧ろ自国の兵隊が大勢来た事に村民は不安を感じているようだ。


「あなたがこの村の長か」


 セラムは居丈高にならないよう、しかし威厳は保つよう声色に気を付けながら話す。


「何ですじゃ? この村は見ての通り何もない貧しい村ですじゃ。大した協力は出来ませんて」


「安心して欲しい、通り過ぎるだけだ。だがグラーフ王国の兵が来ないとは限らない。その時は僕達の指示に従って避難して欲しい」


 これは挨拶代わりです、と村にコンテナを置いていく。中身は主に食料品だ。セラム隊がその規模の割に補給部隊が多いのはこの為であった。こうして人心を安堵させ後顧の憂いを無くしてゆくのだ。

 ただしこの村に限ってはそれだけではない。これからの作戦における要地として扱われる可能性がある。

 陣に戻る前にセラムは村中を隅々まで見て回る。そして作戦の穴を埋めては不安を掘り起こす作業を夜になるまで繰り返した後、寝心地の悪いテントの中で無理矢理目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ