第五十二話 悪夢
もうすぐ戦場へ行く。前のような一方的な展開になるような戦いではない。今度は相手も本気で殺しにくる、本当の戦争だ。
だからだろうか、セラムはその日なかなか寝付けなかった。日が落ちてからも不安と焦燥感からまんじりともせず、月が傾き始めて漸く意識に靄が掛かった。
起きているのか寝ているのか、そこは夢なのか現実なのかが定まらない時間を過ごした。
セラムが寝ている事を自覚したのは暫く後の事だった。
見慣れた景色が映ったのである。それは過去幾度となく見た映像。紫がかった視界の中、ぼろアパートの一室で五月蠅く鳴る携帯電話をとる自分の手。
また、あの夢だ。
嫌な夢だ。これ以上見ると絶対後悔する。それが分かっていても起きる事は出来ない。もう一人の自分が夢を中断する事を拒む。今となっては沙耶の声が聞ける唯一のチャンスだからだ。
こうして十年以上も未練がましく今は亡き幼馴染の影を追っている。
沙耶は幼稚園の時に隣に引っ越してきた一家の娘だった。同い年だからよろしくね、とおばさんに頼まれたのを覚えている。よく二人で遊んだ。中学の時は一緒に受験勉強をして同じ高校へ入った。なんだかんだと二人で喋っていたのであの二人は付き合っていると噂されていた。沙耶の気持ちは聞けないままだったが僕も何となく付き合っているのだと思っていた。
大学は別の学校に行く事になった。僕は少し距離がある所で一人暮らしを始めた。沙耶は泣いたが、いつでも会えるじゃないかと慰めると泣き止んで頷いた。それまでに比べて会える時間は少なくなった。やがて二人の暇が重なる時は月に一、二度になった。久しぶりに会う時は沙耶はいつも嬉しそうだった。
僕は電話をとる。弾むような沙耶の声がする。用件は分かっている。今度の休み何をするか決めよう、だ。
楽しそうな沙耶の声と対照的にバイトに疲れて冷め切った僕の声が内側から耳に響く。
「急なバイトが入って会えない」
そう言った時、沙耶は電話口でぶーたれていた。文句を言われるのが嫌だったので僕は次に会う時は好きな所に連れて行ってやると言った。
「本当だね♪ 楽しみだなあ。約束だよっ」
電話越しの声が今も耳に残っている。
これが最後の会話となったのだ。




