第四十九話 異国の旅人その2
「本当にここは凄い。父上が名指しで見て来いと言うわけだ」
「え? 何か……」
「あっこんにちはセラム様!」
セラムが聞き返そうとしたところに通りがかった子供達が元気良く挨拶をしてきた。セラムもまたその子を見て笑顔を返す。
「はい、こんにちは」
「ねえねえセラム様、その人だあれ? セラム様の彼氏ぃ?」
「んな!?」
邪気の無い子供の質問にヴィレムが慌てる。だがセラムは全く動じずにこやかに対応する。
「ちがうよー、この人は外国からの旅行者さ。ちょっと縁あって今はこの街を案内してるところなんだ」
「なーんだ、つまんない」
「そうだよ、そんなわけないじゃないか。セラム様にはもっと相応しい人がいるって!」
「とか言ってこいつ、本当はセラム様狙ってるからぁ」
「なっ、いや、違いますよ! 俺はセラム様の騎士になるんであってそんなだいそれたことは……」
「あー顔まっ赤―」
きゃいきゃいと騒ぐ子供達を笑顔で眺めながら「はいはい」と宥めるセラム。外見は子供達と左程年齢は変わらないが、その様子は随分大人びて見える。
不思議な人だ、とヴィレムは思う。
「あの、セラムさん、この子達は?」
「ああごめんなさい。この子達は僕が偶に行く教会の子達です。ほらみんな、お兄さんの邪魔になるでしょう。そろそろ行きなさい」
「はーい。セラム様、また遊んでね!」
「今度勉強教えに来てください」
「はいはい、近い内に行くよ」
子供達が笑顔で手を振る。
「懐かれているのですね」
「はは、まあ子供は嫌いではありませんから」
そう言うセラムは益々子供らしくない。
「ところで先程から様付けで呼ばれていましたが、もしや偉い方なので?」
「ああ、それは……」
「見つけましたよセラム様!」
セラムの言葉がまたしても遮られる。今度はメイド服の女性が走ってきた。
「げ、ベル」
「げ、ではありません! 今日は私と一緒にお店を巡る約束だったではありませんか! そんなに私の事がお嫌いですか? よよよ」
「そんな明らかな嘘泣きをされても……。ベルの事は嫌いじゃないし、お店巡りもいいと思うよ? でもベル、絶対僕の事を着せ替え人形にするじゃないか」
「何を仰います。そんな事……」
ベルと呼ばれた女性がわなわなと震える。ヴィレムが少し同情しかけた直後、ベルは良く言えば晴れやかな、率直に言えば変態的な笑顔で両手を広げた。
「当たり前じゃないですか! セラム様を着飾るまたと無い機会! 普段おしゃれをしてくれないセラム様をここぞとばかりに可愛がる……もとい、可愛くする貴重な時間なのですよ!」
「うおお……」
セラムが後ずさる。さっきまでの大人びた表情はどこえやら、ベルの前では年相応の少女に見える。きっとこれが素の顔なのだろう。
「さ、セラム様行きますよ。服は待ってくれても時間は待ってくれませんから」
「わ、わかったって。引っ張るな。ごめんなさいヴィレムさん、ドライバーはこの先左手にあるお店で買えますから」
そう言い残してセラムはベルに引き摺られていく。去り際にメイド服のスカートを摘み慇懃にお辞儀をしていくあたり、ベルのメイド魂を感じる。
失礼なのか丁寧なのか分からない女性だった。
二人を見送りヴィレムが店の方向へ歩き出すと、今度は男達がヴィレムを見て声を上げた。
「あっ! 若、探しましたぞ!」
「いっけね、見つかったか」
ヴィレムと近い質感の服を着た男達が駆け寄る。その中の年配の男が説教口調でヴィレムを咎める。
「我々を撒くとはまったく……。こんな異国の地で何かあったらどうするおつもりですか。貴方はゼイウン公国名家、マトゥシュカの公子なのですぞ! ちょっとはその自覚を持って……」
「分かった分かった。珍しい物が多くてつい、ね。ほら、そこで父上達に土産を買っていくところだったんだ。小言はそこら辺にしてお前らも見てみなよ」
息巻く男達を宥めて店に誘導する。男達にとっても興味深い物らしく、しぶしぶと説教を中断して促されるままに歩いていく。
ヴィレムはセラムが消えた方向を振り返りながら遠い目をした。
「セラムさんかあ。また会えるといいな」
ヴァイス王国侯爵セラムとゼイウン公国公子ヴィレム、のちに数奇な運命に翻弄される二人の男女の出会いであった。




