第四十七話 さよなら農園
「アドルフォ大将、やりました!」
セラムは息巻いてアドルフォの執務室に転がり込む。
「軍事予算、上げて貰いましたよ!」
「おお、やったじゃないか。これで少将の新兵器が本格的に作れるな」
「まだまだ必要な物はありますからね。お金がいくら有っても足りないですよ」
実際セラムの持ち出し分がかなり多い。儲けた金は右から左だ。
「しかし予算はともかくとしても……」
「人材……ですね」
再編成に伴って仕事は増える。しかし片足のアドルフォと軍事素人のセラムでは書類仕事はともかく実務担当がいない。勿論軍はこの二人だけではないのだが、階級が高く優秀な職業軍人となると少ない。
「こうなれば少々強引に増やすか」
アドルフォがリストを捲る。
「彼なんかどうかね?」
「いいですねえ。指揮能力、判断力共に申し分なし。異論は無いですよ」
二人は生け贄を決めるようにニヤリと笑った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヴィルフレドは扉の前で服装を正した。訓練中に唐突な呼び出し、しかもアドルフォ大将からだという。どんな要件であれヴィルフレドにとって良いものではないだろう。
(うう、嫌だなあ。俺はただ平穏に暮らしたいだけなのに)
彼の父親は騎士だった。騎士の位は一代限りのものだがそれに満足する者はそうはいない。彼の父親もまた息子を立派な騎士にすべくヴィルフレドを軍に入れた。だが彼自身は出来れば実家の農園を継いで一生を終えたかった。
入隊後彼は適正を認められ騎馬隊に配属された。馬は好きだったが軍隊生活は彼の心境を大きく動かす程ではなかった。「農園を継ぎたい」から、「何事も無く除隊できたら馬を買って農園に戻る」という夢に変わっただけであった。
だから偉い人に呼ばれるというのは彼にとって厄介事に違いないのだ。
一つ咳払いをし、覚悟を決めて扉をノックする。
「ヴィルフレド少佐、入ります」
「入りたまえ」
返事を確認してから扉を開ける。予想と少し違い部屋にはアドルフォ大将だけでなくセラム少将もいた。アドルフォ大将は机に両肘を立てて両手を組んで口元を隠している。セラム少将は笑顔を隠そうともしない。が、その笑顔は悪戯を仕掛ける直前のような笑顔だ。
嫌な予感がする。ヴィルフレドは唾を飲み込む。
「おめでとう大佐」
セラム少将がそう言った。ヴィルフレドは聞き違いだと思った。
「えっ」
「今日から君は大佐だ」
聞き違いではなかった。嫌な予感は的中した。
この短期間で二階級特進、死ねという事ですか。そうですか。
農園が遠のく。
「じ、自分はそれ程功績を上げてはおりません」
「何を言っている。ダリオ中将の反乱を鎮圧したのは君の功績だろう」
「えっ?」
「つまりそういうことだ」
勿論、あれはセラムの功績であるというのがヴィルフレドの認識だが、セラムの悪い顔を見れば嫌でも察しがつく。つまり功績をでっち上げてでも自分を昇進させたい何かがあるのだろう。諦めるしか無いというわけだ。
「異論はあるか?」
「アリマセン」
「宜しい。では早速だが仕事の話だ」
ああ、やっぱり。ヴィルフレドは心の中で天を仰いだ。
ごめんよクリスタ、我が妹よ。兄ちゃんは帰れそうもない。
「なに、ちょっと部隊運用の実務を担当して貰いたいだけだ」
「宜しく頼むよ、ヴィル」
ヴィルフレドには二人の顔が悪魔に見えた。




