第四話 ゲームと現実
……………
元男は鈍麻した意識のまま頭に手を当て起き上がる。
此方が夢なのか、彼方が夢なのか。ああ、それにしてもなんて。
「嫌な夢だ」
口に出した声と自分の耳に届いた音が一致して漸く此方が現実だと認識する。
糞っ、と吐き捨ててベッドから這い出る。
左腕が痛んだ。包帯の下から滲み出る赤い血。
「逃れられないんだな、沙耶」
ベッドに腰掛け壁を見つめる。剣は回収されてしまったが、壁のフックが確かに剣が掛かっていた事を物語る。
あれを持って戦場で戦うのか?
戦争経験も無いのに。人どころか、刃物で何かを殺した事すらない。そんな奴が戦乱の世界で何が出来ると?
いや、そのような心持ちではたちまち現実に殺されてしまうだろう。もはや自分はグリムワールという世界のエルゲント将軍の娘、セラムなのだ。
そう言い聞かせる。
「守るって約束したもんな」
例えもう守る事の出来ない約束であろうとも、いや、だからこそセラムにとって約束は重いのだ。
二度と僕の周りの人を死なせたりしない。そのために僕は死ねない。
果たせなかった約束は、呪いとなってセラムの心に巻き付いていた。
生き残るには情報が足りない。まずは記憶にあるゲームとの差異がないか確かめなければならない。
軽いノックの音がする。「どうぞ」と返事をする。
「起きられましたか。包帯をお取り替えしますね」
入ってきた侍女が柔らかく微笑む。
セラムはベッドの傍らで腕の傷を手当している侍女を見つめた。
「えーと……」
「はい」
「ごめん、記憶が混乱してて……。確認したいんだけど名前、ベル……でいいんだよね?」
ベルと呼ばれた侍女は顔を上げて心配そうに微笑む。
「はい。私はジオーネ家のメイド長、ベルでございます」
「で、僕はヴァイス王国の将軍エルゲント・ジオーネの娘、セラム」
「はい。あの、本当に大丈夫ですか? お倒れになった時に頭を打ったのでしょうか。それとも精神的なショックによるものでしょうか」
僕とか仰ってますし、と小声で付け加えたのもセラムは聞き逃さなかったがもはや今更である。言い慣れていない「私」を使うよりもこのまま通してしまおう。
「あまり心配しないで。それよりここ最近の大きな出来事を教えてもらえるかな」