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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第四十一話 反逆その2

 ダリオ率いる反乱軍とセラム率いる鎮圧軍は早々にノエ砦で対峙した。籠城する反乱軍に対してセラムはヴィルフレドの騎馬隊を東に布陣させ、自らは正面に陣を構えた。籠城する兵は五千。セラム隊も総勢五千。後からカルロが五千を率いて駆け付ける予定とはいえ、力攻めで攻城するには圧倒的に兵が足りないように思えた。

 しかしセラムは布陣した兵を待機させ自ら供を二人だけ連れ前に出た。高い所からならば矢も届く距離。しかしセラムは舌戦にてこの戦いに決着を付けるつもりなのだ。それには兵士の威圧感は邪魔でしかない。


「やはり危険ですセラム少将。どうかご再考を」


 大盾を持った兵士が忠言する。しかしセラムは飄々としたものだった。


「彼らの多くは同国民同士での戦いを望んではいない。しかし彼らは脅され命を握られている。ならば僕も命懸けで叫ばなければ彼らの心には届くまい」


 その声は落ち着いている。しかし馬の鐙に乗せた足が小刻みに震えているのを、傍らの兵士達は目にした。この少女は、我らが上官は勇気を振り絞って今は敵となった自国の兵士達の為にこの場に立っているのだ。そう理解してしまってはそれ以上何も言えなかった。


「じゃあ魔法を頼むよ。僕の声を可能な限り大きく砦に届けてくれ」


「はい」


 盾を持っていない方の兵士が答えた。彼は音の魔法が使えるという理由でこの役に抜擢されたのだった。といっても、出来る事は精々音を大きくするか小さくするか程度の事であり、周りの者も戦争の役には立たない、日常生活で少し便利な場面が出るという程度の認識だった。しかしセラムはその魔法を大いに評価した。君はとても重要な役割を担える、と。今迄腕っぷしにも自信が無く、軍人としてあまり役には立てないだろうと思っていた彼は、その期待に応えるべくこの少女に付き従ったのだ。


「ノエ砦の兵士に告ぐ!」


 その声は魔法で増幅され、子供の声とは思えない程に大きく砦内に響き渡った。


「このままでは君達は反乱者として処刑される。それで良いのか!」


 扉を閉め切っていても聞こえる大音声。しかしその声が明らかに自分達よりもずっと小さな少女のものだと知れ、砦内に動揺が走る。


「君達が守るべきものは何だ! 軍紀か! 国か! 矜持か! 家族か! 誇りか! ……少なくとも義理も無い上司ではない筈だ!」


「ええい、あいつを黙らせろ! 射れ!」


 ダリオの命令は部下に届かない。砦内の兵士どころか、隣に立つ防壁の上の弓兵にさえも。


「でも大丈夫だ。君達はまだやり直せる。遅くない」


 先程までとは打って変わって優しい声。それすらも増幅し、奥で震える兵士の耳にすら届く。


「これから半刻後に我々は攻める。しかし今から東側から出る兵士には攻撃はしない。それ以外の方向から出る者は騎馬隊の餌食となる。投降の意志を示す者は東の門を開けそのまま東へ逃げよ」


 更に冷徹な声色で口撃が加えられる。


「馬鹿な! そうやって門を開けさせて攻め落とそうとしているのだ! 耐えていればヴィグエントから増援が来る! ええい貸せ!」


 ダリオは動揺が収まらない兵士達に業を煮やし部下の弓をひったくる。


「っ! 閣下!」


 ダリオの放った矢がセラムの髪を掠めた。瞬間に見えたのは明確な死の形。その温度の低さが逆にセラムから恐怖という感情を凍らせた。

 傍らの兵士が舌打ちしながら大盾を掲げる。


「よい」


 セラムは供の兵士に動じぬよう手で制し、口撃を加える。


「賢きヴァイス王国の兵達よ! 貴君らの為に残虐なグラーフ王国が増援を出すと思っているのか! 誇りあるヴァイス王国の兵達よ! 今こそ勇気を出し、君達を閉じ込める殻を打ち破る時だ! 決して反逆者の汚名を被るなかれ! 君達を待つ故郷の人の為に!」


 ノエ砦の中で異変が起こっていた。一人の大柄な男が東門に向かって歩く。


「お、おいバッカス!」


 その男に門衛が槍を向ける。


「貴様、裏切る気か!?」


「裏切る? 何をだ」


 バッカスと呼ばれた大男は刃を向けられても意に介せず歩みを止めない。


「俺ぁ傭兵の出だ。元々ここの副将軍殿にゃあ何の義理もねえ。つってもこの国にも大した義理はねえが、けどお前らいいのか?」


 臆せぬバッカスに門衛が後ずさる。


「あんなちっさい嬢ちゃんが気ぃ張ってるんだぜ? 俺達を裏切り者にしねえ為に必死に、矢を射られてもだ。俺達は何のために戦っている? こんな所で、裏切り者のいけすかねえお貴族サマに取り入る為に女の子を殺すつもりかよ。……はっ、そういえばもう貴族ですらねえんだっけな」


 その口調には明らかにダリオに対する侮蔑が混じっている。だがその言葉を咎める者はもういなかった。


「…………じゃあ門を開けるぜ」


 昏く閉ざされていたそこに、眩い光が差す。その光を見た時、兵士達は我も我もと歩きだした。

 もう一度陽の光の下で歩む為に。


「ダリオ様、兵達が東門より逃亡しています!」


「止めろ! 殺して構わん!」


「駄目です! とても止まる気配がありません!」


 一度流れた奔流は留まる事を知らなかった。最早この流れを変える事が叶わぬとダリオが悟った時、その体は部下を突き飛ばして駆け出していた。


「ダリオ様、どちらへ行かれるのですか!?」


「決まっている! 俺はこんな所では死ねん! 死ねんのだ!」


 ダリオの反乱は呆気なく鎮圧された。しかし陥落したノエ砦にダリオの姿は残っていなかった。

「さて、それじゃあ帰るか」


 全てを見届けたセラムは、合流したカルロに飄々と言った。


「少将……。御見逸れしました。このカルロ、自分の目が節穴だったと思い知りました」


「はは、そんな大層な奴じゃないよ、僕は。何せ一人じゃまだ馬にも乗り降り出来ない。ちょっと手を貸してくれるかい?」


「はっ」


 カルロがセラムの下馬を手伝おうと手を差し出す。そのセラムの様子に、カルロは間近で見て初めて気付いた。

 その小さな手は、小刻みに震えていた。


「情けないね僕は。今になって漸く死ぬところだったと自覚してるよ。……止まらないんだ」


 抱きかかえないとまともに立つ事すら出来ないその姿は、年相応の少女に見えた。


(絶対に守り抜こう。死ぬまでお仕えしよう。我が主君)


 カルロは心の中で固く誓った。

 結局ヴィグエントの軍勢は動く気配を見せなかった。ヴァイス王国軍もまた、攻めるのは時期尚早と防衛線を組み直した。束の間の平和が訪れたのである。


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