第四十話 反逆
少し時を遡り、ダリオがノエ砦に辿り着いた時、王都に残しておいた部下からダリオの下にある報告が舞い込んできた。
「ガイウス宰相暗殺!」
「宰相の暗殺は誤報、未遂に終わり主立った貴族が容疑者として拘束された模様」
「拘束された貴族の中に中将の御父君も含まれています!」
それらが日を置かず次々ともたらされた。それらの報に、ダリオは今の自分の境遇に因果関係を見いだしていた。
「父上が宰相を暗殺しようとしたからか。俺がこんな辺境に左遷されたのは」
寧ろ納得がいった。アドルフォは予てよりダリオを疎ましく感じていた筈だ。もっと正確に言うのならば、二人は犬猿の仲だった。ダリオは庶民の出身の分際で同じ副将軍にまで上り詰めたアドルフォを見下していたし、アドルフォもまた事ある毎に身分を持ち出すダリオに嫌気が差していた。
「迷惑な話だ。俺はこんなところで燻っていて良い人間ではないというのに」
ダリオは父と円満な関係ではない。それというのも、ダリオはアバッティーノ侯爵家の長男として生まれたとはいえ妾腹の子であり、父は正妻との間に生まれた次男を可愛がっていた事に起因する。家督も次男に相続させると公言しており、だからこそダリオは半ば当て付けで軍に入ったのだ。通常ならば有り得ない侯爵家の長男が常備軍にいるのもその所為だった。
この時点ではダリオはまだアドルフォとの権力争いの場に立つつもりであった。次の報が追い打ちをかけるまでは。
「ダリオ中将大変です! お、御父君が……っルイス侯爵がっ!」
「今度は何だ? さっさと言え」
「ルイス・アバッティーノ侯爵が謀反の主犯として処刑される事が決定しました!」
その報は流石にダリオの心を揺さぶった。どこかで侯爵を処刑する事は無いだろうと高を括っていたのだ。大きく脈打つ鼓動を落ち着かせるように目を伏せ、ダリオは呟いた。
「今更父が何をしようと自分には関係無い、もう違う道を歩んでいると思っていたのだがな……。いざとなると思ったより自分の中で重い事柄だったのだと思い知るな」
ダリオは開いた瞳孔が閉じるまで待って報告に上がった部下を見据える。
「それで、父を捕まえたのは誰だ? ああ、父を嵌めた人間と言い換えた方が良いか? やはりアドルフォか?」
「いえ、この件に関してアドルフォ大将は係わっていないかと思われます。それが……俄かには信じられないのですが、御父君を逮捕、処刑に追いやったのはセラム侯爵ではないかと思われます」
「セラム……? あの俺の後任でキーレフ砦の守将になった奴か? 確かまだ十二歳だっただろう。そんな奸計を用いたとでも……」
「しかしながら同じ現場にいた筈の貴族の中で一番早く釈放され、無罪どころか発言権を強めたのがセラム侯爵です。そして誰かが手引きしていないとああも手際良く貴族全員を逮捕し処刑を決める程に証拠を固めるなどできますまい。状況から言って一番怪しいのがセラム侯爵なのです」
確かに信じられない。言いかけて、ダリオはある事柄に思い至る。セラムはエルゲントの娘だ。そしてあまり知られてはいないが、エルゲントは政治的に敵対人物を追い落とすのを得意としていた。彼が若くして将軍の座に就いたのも特別軍才が優れていたからではない。いや、確かに軍才も優れていたが、大きな事由はまだ王子だった頃から現国王であるレナルドを始めとした有力人物と仲が良く、レナルドやガイウス、そして自分と敵対する有力者を脱落させていったからであった。
持てる権力、財力、軍才、あらゆる力を用いて理想を成す。そんなエルゲントだからこそダリオは尊敬していた。その娘であればその才や人脈を受け継いでいてもおかしくはない。
「じゃあ何か? 俺はたかだか十二歳の小娘にここまで追いやられたのか? 父を殺され、自分は辺境でしかも最前線に行かされ、このまま使い潰されようとしているとでも言うのか?」
「中将……?」
怒りが沸々と湧いてくる。許す訳にはいかない。セラムも、小娘に利用され……いや恐らくはこれ幸いにとその奸計に乗っかり自分を追い落としたアドルフォも。
「くくくく。この国はもう駄目だな。国を支えてきた貴族が年端もいかない小娘にいいようにされて失墜した挙句、その小娘が軍の幹部にまで持ち上げられるとは。……ああ駄目だ無理だ。この国は終わりだ! 俺はこれよりグラーフ王国に付く! ヴィグエントに打診しろ!」
「! いけません、これはあからさまな罠! 如何にも反逆しろとばかりの配属です!」
「黙れい!」
進言した部下を斬り捨てダリオは尚も激昂する。
「俺に歯向かう奴はこうなると思えい!」
かくしてヴァイス王国は戦乱と混迷の時代へと突入する。




