第三十四話 リカルドその2
城の地下牢は冷たい石畳の陰気な場所であった。籠った匂いが入り口まで届く。
「彼らの様子はどうだ?」
セラムが牢番に尋ねる。
「リカルド公爵は『殺せ』と取り付く島もなく、ルイス侯爵は『唆されたんだ』と連呼しております」
「そうか。リカルド公爵を釈放する。許可はこの通り取ってあるから鍵を預けてくれ」
「確かに。ではくれぐれもお気をつけて。他の囚人とは目を合わさないようにしてください」
牢番から鍵を預かり護衛の兵士と共に下に降りる。靴音に反応したのか横道の奥から声が聞こえる。
「誰だ? いや誰でもいい、ここから出してくれ! 俺は唆されただけだ、首謀者は別にいる! 全て話すからこっちに来てくれ。聞こえてるのか!」
声のする方は鉄格子がずらりと並び、その隙間から伸びる指が怨霊でも閉じ込めているかのようなうすら寒さを感じさせる。牢番の言う通り脇目もふらず目的地まで行った方が良さそうだ。成る程、こんな薄暗い地下にずっといては不安で気が狂ってしまうだろう。
一番奥の牢に直行する。そこには目を閉じてじっと座る偉丈夫がいた。
「リカルド公爵、お話に来ました」
「殺せ」
確かに取り付く島もない。だが処刑する為にここに来たわけではないのだ。
「そう言わずに。僕の話を聞いてください」
「お前は……あの時ヴィゴールの横にいた子供か。確か……」
「セラムと申します。ここはゆっくり話すにはあまりよろしくないですね。場所を移しましょう」
鍵を開け、取り調べ等に使う別室に案内する。お互い椅子に座ったところで兵士にコップを持ってこさせる。
「どうぞ、水で申し訳ありませんが。人間飲み物を飲むと落ち着きますよ」
「お前は何者だ?」
「これは失礼しました、公爵」
セラムはここで初めて公爵を相手にきちんとした自己紹介をしていない事に気付く。礼を失しないようにセラムは一旦席を立ちスカートの裾を持ち上げ一礼する。
「エルゲント元将軍の娘でセラム・ジオーネと申します。今は軍の少将をやっております。どうぞお見知り置きを」
「やはり貴女がそうか」
「おや、ご存知でしたか」
再び席に座り直し聞き返す。
「ああ、名前程度だが」
「そうですか。挨拶はこのくらいにしておいて本題に入りましょう。貴方には引き続き国の為に力を貸して頂きたい」
「という事は私は無罪放免か?」
「そうなります」
「出来ない相談だな」
話にならんとリカルドが目を閉じる。
「そもそも私は国家反逆の罪で投獄されているのだろう? ガイウスのことだ、証拠も既に掴んでいるだろう。そんな者が無罪放免などとは聞いた事が無い」
「国王は政務を執れないほど衰弱し、宰相は貴族側の理を顧みず、唯一の橋渡し役であった将軍が死に軍部は分裂、暴走」
「っ……!」
まるで判決を下す裁判官のように、信託を授ける神官のように厳かにセラムが述べる。それは国の内情を知る者が言いたくとも言えない事実だった。
「今のヴァイス王国にはグラーフ王国の脅威を退ける力が無い」
リカルドの顔に動揺が走る。
「貴公はそれでも自分の領地を、自分の力が届く範囲を守ろうとした」
「……そうだ。もう頼れる者はこの国にはいない。民を助けられる者がおらんのだ!」
リカルドが頭を抱え顔を伏せる。
「私には国は救えん……!」
リカルドは自分の無力さを嘆いていた。出来る事はやっていた。だが突き付けられた現実は常に絶望の色に染まっていた。リカルドは優先順位を付けたのだ。貴族として当たり前の判断、自分の領地の民が一番である。その結果がこれだ。
残酷な現実に打ち震えながらも、リカルドにはもうどうすれば良いのか分からない。
「僕がいる」
リカルドの動きが止まる。
「こちらに付いて貴族を纏めてください。今の我々には貴族に影響力を持つ者がいない。貴方がいれば後顧の憂い無くグラーフ王国を攻められる」
「………」
「考えておいてください、我々と共に国防に励む道を。お帰りは牢ではなくこちらへ。部屋を用意しておきました」




