第三十二話 ヴァレリー
現在ヴァイス王国内で起こっている異変をグラーフ王国側は気付けなかった。ヴァイス王国に離間の計を仕掛けた人物であるグラーフ王国六将軍の一人、隻眼の軍師ホウセン・クダンがこの時点で気付いていればヴァイス王国の未来は危ういものだっただろう。しかし今彼は苦戦中のゼイウン公国戦線に召集されヴィグエントの街を離れようとしていた。
ヴィグエントの街。かつては対グラーフ王国の防衛拠点として機能していたヴァイス王国の一都市である。今はそのグラーフ王国に占領され、住民は皆奴隷としての生活を余儀なくされていた。街の中心にある都市庁に本来の長はおらず、グラーフ王国占領部隊の中枢としてそびえ立っていた。
その一室でホウセンとその副官ヴァレリーは今後の方針について話していた。
「俺がやるべき事は終わったからよ、後はここを亀のように守っていれば大体対処できるはずだぜ」
「はあ、しかしこの隙にヴァイス王国を攻め落とす作戦も司令殿ならば立てられるのでは?」
「やめとけやめとけ、補給線を構築しない間に無理攻めしても後が続かねえ。これ以上戦線を広げても対応できる軍もねえ。それに俺はゼイウン方面に呼ばれてる」
「あちらは苦戦中ですか」
「らしいな。ま、ゼイウン公国は大国だ。真っ正面から戦っても辛えだろうよ。そこで俺の出番ってわけだ。あっちの司令官は搦手が苦手だからなあ」
そうですか、とヴァレリーは相槌を打つ。話を聞いて内心ほくそ笑んでいた。司令であるホウセンがここを出るという事は、つまり自分がここで一番偉くなるという事だ。ヴァレリーは出世欲が旺盛な男だった。ここで自分が手柄を立てれば更に偉くなる。次期六将軍候補も夢ではない。
「つーわけでここは頼むぜえ。いいか、好機だと思ってもこっちから出ずに籠城すんだぜ?」
「はい、行ってらっしゃいませ!」
上司がいなくなった部屋で忍び笑いが漏れる。ヴァレリーはとうとう俺の時代が来たのだ、と叫び回りたい衝動を堪えるのに必死だった。
その室内にノックの音がする。
「失礼します、報告がありますが、司令はいらっしゃいませんか?」
ヴァレリーはくるりと向き直り手を後ろに回し背筋をピンと張って言う。
「ホウセン司令は後事を俺に託されてゼイウン公国に向かった。これからは俺を司令代理と呼ぶがいい。報告を聞こう、キルサン」
「はあ、いえ、はい、了解しましたヴァレリー司令代理」
その響きにヴァレリーはにんまりと笑った。




