第三十一話 ガイウス暗殺計画その2
ヴィゴールと会ってから一週間後、主だった貴族がヴィゴールの招宴に集った。主催はヴィゴール、そしてその主賓はセラムである。何せその場でヴィゴールとセラムの婚約発表をしようというのである。気の早いヴィゴールは最初招待状に結婚式と書こうと思っていたようだが、それはセラムが慌てて止めた。秘密にしておいた方が面白いというセラムの案が採用され、貴族達には「さる薄幸の貴族のご令嬢との婚約発表」という名目にしておいた。セラムとしては婚約が大勢に広まり世間的に確定してしまっては覆す事が大変になるので何としても避けねばならないと必死である。とはいえこれだけでも十分確定できる情報だ。承諾したくはないが、ここは納得するしかない。
ヴィゴールは来賓の貴族達と挨拶を交わしている。これから皆の驚く顔が見れると想像してかとても嬉しそうだ。
セラムは隠れるように待機しその様子を見る。サプライズゲストであるセラムが最初からいては意味が無いというのもあるが、セラムの真の目的は裏で段取りをする為だった。
標的の一人、リカルドの姿を確認する。
(あれがリカルド公爵……。ヴァイス王国の重要人物にして貴族のトップか)
ヴィゴールのような権力で腐った下品な豚とは違い、滲み出る品性と知性を持った偉丈夫だった。誠実そうな見た目からして国を売ろうとしているなどとは思えない。ガイウスの話でもその能力は確かなもので領民からの信頼も厚い。だがここで捕らえねばならない第一目標だ。
その他にも怪しいと目される人物が幾人かいる。その中でもう一人の目標であるルイス侯爵の姿を確認しセラムは決意を新たにした。セラムにとって失敗出来ない初の重要な舞台だ。心臓の音がやけに大きく聞こえるのを使命感で押さえつける。
そこに貴族達のざわめきと共に一人の招待客が入室した。ガイウスである。
ざわめくのも当然の事で、リカルドを中心とした貴族達とガイウスとの確執は周知の事実だったからだ。普段そういった政争や派閥争いから遠ざかっている小貴族達も、勿論敵対している貴族達も、このような貴族の晩餐会にガイウスが現れた事に驚きを隠せないでいる。
「これはこれは宰相殿ではありませんか。本日はヴィゴール伯爵のお招きで?」
そんな中、一人の貴族がガイウスの前に進み出る。
「実はその婚約者の方と既知の関係でしてな。是非にとせがまれまして」
「それはそれは。共にこの目出度い会を祝おうではありませんか」
最初は困惑の中距離を保とうとしていた貴族達も、一人の勇気、若しくは打算のある貴族に続いて我も我もとガイウスに詰めかけ、ガイウスの周囲には直ぐに人の輪が出来上がった。
会話は和やかであたりの無い話題にみえるが、その実、牽制と功利的な勘定が飛び交っている。ガイウスの本当の狙いを透かし見んとする者、暗にお呼びでないと嫌味を含ませる者、真にこれを機に貴族派とガイウス派の溝が埋まる事を期待する者、様々だ。
その少し離れた所では穏やかならぬ心情をちらつかせながら遠巻きに見る貴族もいた。その中にはルイス侯爵も含まれている。その瞳の中にあるものは少しの狼狽と迷い。期せずして転がり込んだ一世一代の機会を扱いかねているといった風に見受けられた。
(あいつらが内通者か)
セラムは舞台袖に隠れながらそれらの顔を確認する。その脇をヴィゴールが意味ありげに目配せをし通り過ぎ壇上へ上がった。セラムは慌てて配置につく。
衆人環視の中、ヴィゴールはわざとらしく咳払いをしその大きな腹を揺らした後語り始めた。
「皆様、歓談されているところ申し訳ありませんがそろそろ集まって頂いた目的、重大発表に移らせていただきます」
ヴィゴールの合図にセラムの体が跳ねる。本来ならばもうガイウスが仮死薬入りの酒を飲んで騒ぎを起こしても良い頃だ。
(ガイウスさんめ。僕を本当に豚野郎と婚約させる気じゃないだろうな)
気が気でないセラムに、ヴィゴールから無情の合図が送られる。セラムがいよいよもって覚悟を決めかけた時、会場にグラスが連続して割れる音が響いた。
「きゃあああああああ!」
一人の女性の悲鳴を最初に、瞬く間に会場がざわめく。異変に気付いた来賓が狼狽している。誘導を促す係員の上擦った声が緊張感を伝播する。
「どうした、何があった」
ヴィゴールが異変の中心へと人波を掻き分ける。そこには倒れ伏したガイウスの姿があった。
「宰相が……宰相がっ宰相がワインを飲んだ途端、お倒れに……っ!」
貴族の女性が恐慌状態で繰り返す。程無く警備員が駆け付け、救護員を呼び会場を封鎖する。
「皆様落ち着いてください。一旦皆様の身柄を拘束させて頂きます」
警備員の言葉に貴族達の顔色が変わる。
「そんな、横暴だ」
「何の権限でそんな事をする!?」
「お、俺は関係ない! ここから出せ!」
次々と喚きだす貴族達。その中にはルイス侯爵の姿もあった。
「落ち着いてください。宰相が飲まれたこのワインには毒が含まれております。これは宰相の暗殺を謀った事件です。皆様におかれましては全貌が明らかになるまで捜査にご協力頂きます」
当然、ここまでの流れはガイウスとの打ち合わせ通りだ。この会場を警備している者も皆ガイウスの息が掛かった者ばかり。国の宰相が衆目の中死んでみせる事によって権力を持つ貴族をも一斉に取り調べを行う名目を手に入れようというのである。
「お、俺は知らん! 何も知らん! 離せ! 貴様俺を誰だと思っている!」
「失礼、お話は城でお聞きします」
ルイスを始め、その場にいた貴族達が次々と連行されていく。街の詰め所程度では貴族の権力や賄賂が効いてしまう。それにこんな大勢の貴族が一斉に逮捕されるなどという異常事態を一般に知られる訳にもいかない。だからこそ王城で取り調べを行う。これもまた事前に決めていた事だった。
「何故こんな事に……。私の主催する会で、こんな……」
ヴィゴールが顔面蒼白になり震えている。責任者としてこれからを想像して生きた心地がしないのだろう。
前代未聞の事態にも関わらず妙に手際が良い警備員。しかし誰もその違和感に気が付く余裕は持ち合わせていなかった。只一人、全ての事情を知っているセラムを除いて。
かくしてヴァイス王国の貴族の大部分が一時的に城に拘束され、取り調べを受ける事になったのである。




