第三十話 ガイウス暗殺計画
そして時は戻り、セラムはヴィゴール邸から帰った直後に我慢していた身震いを存分にしながら自身の体をさする。
「ういー、冗談じゃない。誰があんなロリコン豚親父と結婚なぞするかっての」
思い出す度に鳥肌が収まらない。これがガイウスの策でなければ絶対に断っていただろう。
「セラム様、ご入浴の用意は整っております。どうぞお体をお清めくださいませ」
「ありがとうベル。そちらの首尾はどうだい?」
セラムがベルを伴って浴場へ向かいながら聞く。
「はい、手筈通り内通者とほぼ確定している方々には偽の書状を送っておきました。言われた通りの日付にしてあります。仮死薬については毒薬に詳しいアデライデが調合しました。その腕は私が保証します」
「よくやった。アデライデの方はどうだ?」
「万事滞りなく。あの薬ならばその場では間違いなく死亡か重篤と判断されるでしょう。その後の経過もよく、後遺症も残りません。ただ宰相のお年で、というところだけが心配です」
「そうか。いやしかしやらねばならん」
セラムの策はこうだ。まず内通者に謀反の日取りを決めた偽密書を送り付ける。その一方で貴族のほぼ全てが集まらざるを得ないような晩餐会を開き、日取りを謀反の前日にして招く。全貴族が無視出来ない影響力を持つ人物として白羽の矢が立ったのがヴィゴール伯爵だ。そしてその内容は重要なものでなくてはいけない。
それがヴィゴール伯爵ととある上流貴族のご令嬢、つまりはセラムとの婚約発表という訳である。
当然その場の招待客は主立った貴族……そう、謀反を企てている貴族も含む。そしてその中に宰相であるガイウスも呼ぶ。これはガイウスがセラムの父、エルゲントの友人である事から不自然でなく招待出来る。
そしてそんな宴の場で宰相の暗殺が行われたとしたらどうだろう。その場の全貴族を拘束し、取り調べる事も可能ではないか。そしてその取り調べの中で謀反の証拠が出たらどうだろう。例えばグラーフ王国からの謀反を促す密書だとか。
「ふう、ガイウス宰相もなかなか無茶を考える」
セラムも体を張っているがガイウスも相当な綱渡りをしている。何せ宴の最中にきっちり死んでみせなくてはいけないのだ。だが一国の宰相がそこまでやらなくてはならない程に状況は切羽詰まっていた。
「これでは僕もやるしかない。いいだろう、一世一代の大芝居、やってみせようじゃあないか」
セラムが覚悟を決めた顔で笑い、勢い勇んで浴場に入る。最初は罪悪感に苛まれた入浴も、今となっては慣れたものだ。裸になるのも自分の体だと思えばさして抵抗は無い。
「ではお背中流しますね」
「おう、…………」
反射的に返事をしかけて固まる。後ろを振り返れば極自然にベルが一糸纏わぬ姿で浴場に入ってきていた。
「な、な、にゃにお……っ」
「セラム様があんな豚野郎に手籠めにされかけたと聞いては居ても立ってもいられません。これはもう私自身の手でセラム様のお体を清めて差し上げるしかないと思いまして」
「いらんいらん!」
「遠慮なさらず」
「大丈夫だから! 何もされてないから! 一人で出来るもの!」
セラムが平静で風呂に入れるのはまだ先のようだった。




