第二十九話 謀反の兆し
時は少し戻り。
貴族達の謀反を何とか抑えようとセラムが画策しているところにアドルフォからの登城命令が来た。今まで軍属ですらないセラムを正式に入隊させる為の法整備が整ったのである。
セラムが城に来て最初の仕事は試験を受ける事だった。これはセラムが申請しておいた戦時特別法案の一環である。
これによって元々の法律では軍の入隊は成人である十五歳からだったものを、志願兵に限り十二歳から可能となる。しかしながら銃がある世界と違って少年兵など基本的に何の役にも立たない。なので体力試験、筆記試験を行い、両科目で合格点もしくは筆記試験で飛び抜けて優秀だった場合のみに限られる。後者は通信兵や補給部隊の事務方などに回される。
もっとも殆どセラムのための制度であった。形だけ試験を受けて軍に入隊させる算段である。
体力試験の結果はといえば、瞬発力や持久力は元の体を大きく上回っていた。若いし、体を動かす必要があまり無い現代社会で生きてきた体より動けるのはある意味当然だろう。ただ、筋力はやはり劣る。それでも現代の十二歳平均女子の数値よりは余程ましなのだろうが、男女の別無く下される試験結果としては落第点だった。
問題は筆記試験である。点数が足りなくても受かった事にすると決定づけられたものではあるが、それで満足するつもりはセラムにはさらさら無かった。この世界より遥かに進んだ教育課程を経てきたセラムには、筆記だけで合格点に達する自信は当然あった。
が、結果としては筆記試験のみで合格するにはギリギリのラインだった。アドルフォは「これなら私が採点しなくても一般で入れましたな。流石はセラム殿」などと言ってくれたが、セラムとしてはショックだ。一般教養はそこそこ採れたが、軍のための特別科目は分からないものが多かった。空の様子、空気の湿り気で明日の天気を判断する問題など、殆ど占いの域だと思う。軍事行動において天候は重要だとは理解できるし、気象衛星も無いのだからそういった情報で判断する事も必要なのだろうが。
もっとショックなのは数理の難易度の高い問題が解けなかったものがあることだ。一応元の世界で大学まで入った(その後中退したのだが)学歴があるセラムが、中世レベルの問題が全問正解出来ないのは少し自信を無くす。正直知識だけは武器として通用する、とまで思っていたのだからアイデンティティがぐらつくというものだ。
釈然としないが、これで正式に軍人となったわけだ。同時に少将の位を授与され、権限を与えられる。これは純粋に出自の力であり、セラムの目指す実力主義には相容れないものだが、潔白なだけでは国は動かせない。
晴れてヴァイス王国の侯爵兼ヴァイス王国軍少将となったセラムはその足でガイウスの元に行った。貴族達の謀反を止めるべく彼に事の次第を打ち明け相談しようと思ったのである。
今は仲間割れをしている場合ではない、その思いは共通だった。ガイウス派と貴族派の不仲についてはセラムも承知していたが、国を思う忠臣であるガイウスが事を荒立てるような決断をする筈はないだろうと確信していた。
ガイウスに貴族達の謀反について相談するとガイウスは難しい表情をした。
「それはいい情報じゃな。実は私も貴族達が何やらグラーフ王国と共謀しているらしい事は察していたんじゃ。けれどどの貴族がという事すら分からなくてのう。しかし確たる証拠はあるのかい?」
セラムは答えられなかった。結局信用してもらうしかないのだ。
「ふむ、その情報源は?」
「……僕のメイド隊です」
「ん? という事は、なるほどのう。それなら信用出来そうじゃ」
ジオーネ家のメイド隊は元々ゼイウン公国で諜報部隊として育てられた者達だった。十年前にエルゲントがゼイウン公国の内戦の援軍として赴いた時に秘密裏に助け出した少女達だったが、国際問題になりかねないその重要事項は友人関係でもあったレナルド国王とガイウス宰相にのみ知らされ、秘密裏にジオーネ家に匿われた。だからこそガイウスは知っているのだ。彼女らが諜報員としてどれだけ優秀かを。その水準はヴァイス王国のそれの比ではないと知っているのだ。
「しかし確証を持っていても証拠が無いと動けん事には変わりない。加えてリカルド公爵も関わっているとなると事態は複雑じゃ」
なにせ国王の次に権力と影響力を持っている人物である。謀反に関わっているとなれば国体の分割は必死、喪えば広大な領地運営を任せられる人物と、ただでさえ王権と分離しがちな貴族社会を纏め上げられる人物が同時にいなくなってしまう。
ガイウスから出た条件は厳しいものだった。
「解決するに当たって必要な事はリカルド公爵の立場を据え置きにし借りを作る事、その他の反乱分子を一掃し禍根を残さない事、速やかに事態の収束を図る事じゃな」
「難解ですね。本当なら慎重に事を運びたいところですが」
「あまり時間は無いだろうのう。平時なら兎も角今は戦時じゃ。本当に貴族達が謀反を起こせば国体の壊滅は必死じゃ。その隙に我が国は攻め滅ぼされるじゃろう。その糸を裏で引いているのが敵国なら尚更。しかし我が国は領地運営や兵の供出の大部分を貴族に頼っている。貴族社会を崩壊させかねない事態は避けねばならん」
悩ましいところだ。反乱分子を叩いて終わるならこんなに楽な事は無い。しかしセラムが直面しているのは簡略化されたシミュレーションゲームなどではなく現実だった。
「一応二つ程考えはあります。ですがどちらもかなり強引な策ですし上手くいくかどうか」
「言ってみい。なに、足らん部分は私が補おう」
ガイウスの頼もしい笑顔を見てセラムは腹案を吐き出した。軍事武力に訴えるか政治権力に訴えるかの違いはあれど、どちらも法治国家ならば許されないものだった。そしてセラムの今迄の人生で経験が無い事が自信の無さに直結していた。これがゲームならば謀反を武力で鎮圧するまでがチュートリアルというところだが、現実は簡単にはいかない。
その全てを聞いたガイウスの反応を恐る恐る窺うと、ガイウスは安心させるように笑顔で頷いてみせた。
「素晴らしいじゃないか。二つという事だが、どちらかと言えば軍に頼るのは私は反対じゃな。今国力と軍事力を消耗させるのは敵の思うつぼじゃからの。政治的な事なら私が力になれる。細部は任せてもらってもかまわんかな?」
「ありがとうございます。お任せします」
「しかし君にもやってもらわにゃならん事がある。辛い事だが出来るかね?」
「僕に出来る事なら何でもします」
そう言った事を少し後悔する事になるのはその数日後だった。