第二十八話 偽書
地獄のような薄ら寒い時間を我慢し策を弄した。男であった事を一旦忘れ中年親父に色仕掛けをするという暴挙も公算あっての事だ。あの時を思い出す度に鳥肌が立つが、もしや自分は魅力的なんじゃないかと錯覚を覚え少し興奮もする。元の世界では決してモテていたわけではない。だからこそ人一人を籠絡したという実感が自信となる。
「もしかして僕って魅力的、いや蠱惑的なんでは。結構イケてるんでは。こう、色仕掛けなんかしてみたりして」
「何くねくね蠢いてんですかご主人」
メイド隊の一人、プリシッラが半眼で見ていた。今更のように開いた扉をノックしているのを見るに黙って開けたらしい。セラムは今更ながら姿勢を正し体裁を取り繕い用向きを問う。
「何用かね」
「ご主人ー、例の手紙の準備が整いましたよー」
軽い調子で報告するプリシッラ。ふわふわの金髪がいかにも軽い印象を与えるが、これでも諜報部門の統括をしている優秀なメイドだ。その彼女が言うのだ。
「例の間者は捕まえたという事か。その後の事は、聞かない方がいいんだろうな」
「ですねー。あまりセラム様には聞かせたくないです」
「生きてるか?」
「すみません、生かしたままが無理だったので」
「そうか……、首だけ塩漬けにしておいてくれ。まだそいつには利用価値がある」
この短い間に随分と人が変わってしまったものだ。そう自分でも思う。だが大切な人達を守る為なら僕はどんなにでも手を汚そう、そうセラムは誓いを新たにする。
「しっかしこんな偽書を用意しなくても密書を奪う事さえ出来れば良かったんじゃないんですか?」
「いや、密書の中にはまず間違いなく名前など個人に繋がる情報は無いだろう。結局貴族の手に渡った時か貴族の邸の中から盗み出すしか確たる証拠にはならない。それ以外だとのらりくらりと躱されている内に証拠を焼かれてしまうだろう。下っ端貴族ならともかく、公爵まで関わっているとなると事は慎重を期する必要がある。ガイウス宰相と連携して事を運ばなければならない」
「ガイウス宰相はどんなご様子でした?」
「既に疑っている段階だったよ。ただ証拠が掴めなくて動けないらしい。それにただ捕まえればいいと言うもんでもないと。特にリカルド公爵は影響力の大きい人だからね。裏切りとなれば戦争どころじゃない」
「じゃあどうするんですか?」
金髪をふわりとたなびかせプリシッラが小首を傾げる。
「さあて、これは僕だけの策じゃない。ガイウス宰相との合作だからまだ何とも言えんよ」
「悪い顔ですねえ」
にやりと口角を上げたセラムにプリシッラもきししと笑った。




